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「信は荘厳にあり」お寺の本堂改修プロジェクト完全密着取材【3.京都仏具工房編】
たくさんの社寺が並ぶ
京都はいまでも
日本人の精神性の都です。
厳かで華やかな
宗教空間を作り出すために
1000年の時を超えて
数多くの職人が極めてきた技は
現代にまで継承されています。
お寺の本堂改修プロジェクト。
京都の仏具工房に出向き
職人の手仕事を追います。
京仏具は分業制
仏壇や仏具は、日本各地の工芸職人たちによって手がけられていますが、その最高峰が京都です。
長らく日本の都として公家や武家、そして社寺が立ち並んだ京都には、木工や金工、漆や金箔や彩色などの職人が集い、幾時代をも超えてその技術に磨きをかけていきました。
京仏具の特徴は、分業制であること。ひとつの仏具を作るのに、木地師、彫刻師、塗師、金箔師、絵師、錺金具師、そしてこれらを組み立てる職人の手によって、一点一点に丹誠を尽くした仏具ができ上がります。
また、浄土真宗本願寺派にとって、京都は本山寺院である西本願寺のある大切な場所。
このたびお寺の本堂改修に踏み切った明源寺(愛媛県宇和島市)の櫻井住職も、京仏具への想いはなおさら強かったようです。
浄土真宗本願寺派の本山・西本願寺(京都市下京区)
西本願寺の御影堂。さまざまな伝統工芸の技術の粋を集めて、阿弥陀如来の極楽浄土の世界を形作っている。
木地師
お寺の本堂にはさまざまな仏具が並びますが、それらの多くは木でできています。金箔や金具や彩色など、表層部分は色鮮やかなお荘厳ですが、これらのほとんどは、日本人が慣れ親しんできた木材から形作られていきます。
仏具づくりのはじまりは木地師から。本堂の大きさから適正寸法を割り出して、木地をかたどっていきます。
御宮殿(本尊をご安置する場所)の木地。
御宮殿の屋根を逆さにして作業を進めている。
斗組に使う部材一点一点すべてが手作業による。そのきめの細かい仕事を目の当たりにすると、ただ嘆息だけが漏れ出る。
仏具の世界は規格があってないようなもの。そのつどそのお寺に最適な寸法で仏具を制作する。このたびの御宮殿は、御仏像が通常よりも丈が高いことと、本堂の天井の高さとの兼ね合いから、あえて屋根の妻を低くした。
木地はあらゆる仏具の基本。寸分の狂いも許されない。塗厚(漆を上塗りすることによって生じる厚み)も計算して、型を取り、部材を作っていく。
仏具の木地に使われる木材の多くはロシア産の紅松。松は、目が細かく、加工をしやすいのが特徴です。
ただし最近では、アムールトラの保護のためによる森林伐採の規制、加えて戦争による出荷量の低下や円安による価格の高騰など、原材料の調達にも苦労しているとのこと。
御宮殿を安置する須弥壇の木地。
須弥壇の角を支える「海老塚」の湾曲も美しい。
須弥壇の木地段階でもさまざまな分業がある。細工の繊細な“彫りもん”は彫刻師が行う。
高欄の上に乗る擬宝珠。はじめに轆轤(丸型に成形するための回転式の機械。陶芸などでも用いられる)の職人が四角の角材を丸型に整え、その後彫刻師が、蓮華に見立てて彫刻刀を入れていく。
数えきれないほどの鉋。既製品や中古品だけでなく、注文通りの仏具に仕上げるために鉋を別注することも少なくない。
掌に乗るほどに小さい外丸鉋
彫刻師
木工の中でも、モチーフを細かく美しく立体的に表現するのが木彫です。ノミと小刀だけで木を彫り、削り、刻み、経典に描かれる草花や動物などを仏具の中で表現します。
仏具の彫刻は下絵を描くことから始まり、その後、荒彫り、中彫り、仕上げ彫りと進めていく。
「彫刻は絵で決まる」と語る彫刻師。絵を描く段階で立体的な形が浮かび上がるのだそうだ。京仏具の様式と職人の経験で、迷いなく彫刻刀を入れていく。
所持する彫刻刀の数はなんと500本を超えるとのこと。御宮殿ひとつに必要な彫り物を仕上げるためには100本もの彫刻刀を使い分ける。
左が荒彫り、右が中彫り。
数か月後、金箔や彩色が施され、御宮殿の一角に飾られる。
塗師
漆塗りは、仏具の基本となるとても大切な工程です。黒や朱など、表面をきれいに塗り上げるだけでなく、金箔の輝きや彩色の仕上がりも、漆による下地によってその出来栄えが左右されます。お寺のお荘厳は、漆が支えていると言っても過言ではありません。
須弥壇の上に飾られる「高欄」
高欄の小柱の上に乗る「擬宝珠」やその他の部材を、「室」と呼ばれる部屋の中で乾燥させる。
漆は室の中で乾燥させる。室内は20度以上の温度と60%以上の湿度に保たれるのが基本。乾きが遅いと湿度を上げ、逆に湿度が上がりすぎると漆が縮んでしまう。塗師の長年の経験で乾き具合を調整する。
漆はウルシの木から採れる樹液を精製して作られた天然の塗料で、何千年も前から私たちの暮らしの中で活用されてきました。
漆の特徴として耐久性、断熱性、耐水性、防腐性に優れている点が上げられます。
加えて、塗りと研ぎをくり返すことで生み出される奥深い光沢は他の塗料では真似ができず、さらに強固な接着力を持つことから、仏具の表面の仕上げだけでなく、金箔や蒔絵の接着剤としても利用されています。
須弥壇の塗りの作業に入る前に、まずは黒と朱のそれぞれの漆を濾す。濾し作業によって、成分を均一化し、漆の中の不純物を除去する。漆を和紙に包んで絞り出すようにして濾す。
ヘラで漆を練って混ぜ、刷毛につける。
粘り気の強い漆を薄く伸ばすように塗るのは簡単ではない。そのためコシのある刷毛が必要となり、漆塗り用の刷毛は女性の黒髪を素材としている。
熟練の塗師の手さばきには迷いがない。
塗りを終えると、再び炭で研ぐ。研ぎと塗りと乾燥をくり返すことで、本漆独特の奥深さが生まれる。
須弥壇をひとつ塗り上げるだけで、1カ月もの期間を要します。
下地作り、下塗り、中塗り、上塗り。それぞれの工程で、塗りと研ぎと乾燥を地道にくりかえすさまは、忍耐や反復といった日本人の精神性を表しているようにも感じられます。漆工芸が英語で「Japan」と呼ばれるゆえんでしょう。
最終的に、須弥壇にはさまざまな金具や彩色が施されることになりますが、それらすべてを下支えするのが漆の光沢なのです。
箔押師
真宗寺院の荘厳に欠かせないのが金箔です。阿弥陀如来の極楽浄土はこの世のものとは思えないほどに色鮮やかで、光り輝く美しい世界です。実際に根本経典である『仏説阿弥陀経』の中にも、極楽浄土のあらゆる場所に金や銀などがちりばめられていると描写されています。漆、蒔絵、彩色、金具などのさまざまな加飾が施されますが、「極楽浄土」の代名詞はやはり金箔の輝きです。
きらびやかに彩られた世界はお寺の本堂に足を踏み入れた者を圧倒させる。
金箔とは、金に微量の銀と銅を混ぜて、金づちで叩いてごく薄くのばしたもののことで、その薄さは1万分の1ミリとも言われています。国内の生産地は石川県金沢市で、シェア99%を誇ります。
金箔にもさまざまな種類があります。和紙製の箔打ち紙を使って作られる「縁付金箔」、箔打ち紙の代わりにグラシン紙を用いる「断切金箔」、さらには金、銀、銅の配合比率により、五毛色、一号色、二号色、三号色、四号色などの等級に分かれます。
このたびの明源寺の場合、本堂の来迎柱や仏具など、すべてを金沢産の一号色を使用。
あまりの薄さから、少しでも空気に触れると、たちまちその振動に揺れて、しわが寄り、破れてしまいそうです。1万分の1ミリの薄さを扱えるのは、熟練の腕を持つ箔押師だけです。
ここで気づくのは、金箔を「貼る」ではなく「押す」という表現。職人のことも「箔貼師」ではなく「箔押師」と呼びます。
職人の手先では、竹製の「箔箸」でつかんだ金箔を貼るのではなく、そっと押さえるようにするのだそうです。
金箔の接着剤として用いられるのが金箔の下に用いられる専用の本漆で「箔下漆」と呼ばれる。カシュ―漆や化学性塗料を用いることもあるが、金箔本来の輝きを表現するにはやはり箔下漆の使用が欠かせない。
箔下漆をしっかりと部材にしみこませていく。
縁付金箔は1辺の寸法が3寸6分と決まっている。細かい彫刻部分に金箔を押していくときは、あらかじめ適当な寸法に金箔を切って、無駄が出ないようにする。
箔箸でつまんだ金箔を手際よく当て、指先でぐっと押し込む。
箔合紙(金箔の間に敷く紙)を外すと、彫り物に押された金箔が現れる。
京都で受け継がれている伝統的な技法が「重押し」。
金箔の光沢を強調した「艶押し」とは異なり、艶を抑えた重厚感のある深みが特徴です。接着剤となる漆の乾きや吸い込みの具合を見ながら、その日の工程を調整し、一枚一枚を丁寧に押していきます。
一通り押し終えると、真綿でしっかりと金箔を押さえこみ、拭いていく。
仕上げとして、筆で払う。
取材日に取りかかっていたのは、御宮殿の「袖彫り」と呼ばれる箇所。この日は漆の吸い込みが早いために、半分ずつに分けて金箔を押していったとのことです。
意匠は「リスと葡萄」。上半分の黒い箇所は下地塗りの状態で、これから金箔を押していく。
“リスと葡萄”が施された「京の重押し」。艶を抑えた上品な輝きが美しい。
彩色師
木地師や彫刻師が形を整え、それに塗師が漆を塗り、箔押しが金箔を押す。こうしてできあがった仏具の表面に線をなぞり、色を差し、美しい絵を描いていくのが彩色師の仕事です。
また、彩色師が相手とするのは仏具だけではありません。本堂の壁や天井に絵を描き、柱や長押や斗などの構造材や、立体的に入り組む彫刻にも彩色を施します。
仏具の彩色では岩絵具や水干絵具など、伝統的な日本画の顔料が用いられます。また、日本画は「膠彩画」とも呼ばれ、顔料を膠(動物の骨や皮や腱などから抽出したゼラチンを主成分とする物質)で定着させるのが特徴です。
顔料と膠水をまぜてしっかりと練りこむ様子。
鳥の子紙と呼ばれる和紙に鉛筆で下書きをし、色を入れていく。
手がけているのは、来迎柱の「巻下げ」と呼ばれる箇所。筆を入れるごとに顔料が盛り上がりながら美しい色を放っていく。
最終的に、来迎柱に取り付けられて本堂を彩る。
お寺の壁や天井に描かれる絵は、すべて『浄土三部経』で描写される極楽浄土の世界です。彩色師の仕事は、まさに極楽浄土をこの世界に再現するためにあると言っても過言ではありません。
金紙の上に直接筆を入れていく。金紙とは、和紙(鳥の子紙)の上に金箔を押したもの。このたびは純金箔を平押しした「本金紙」を採用。
彫刻への彩色も施す。細かい隆起にもきめ細かく色を差していく。
錺金具師
建物や仏具本体を保護補強するために金具が取り付けられていましたが、やがてこれが装飾化していったものが「錺金具」です。漢字一文字で「錺」と書くこともあります。
錺金具は、金属や合金を溶解して、型に流し込んで形成する「鋳金」、金属を打ち延ばして仏具の形に整える「鍛金」、鍛金した金属にさまざまな模様をつけていく「彫金」を経てできあがります。
錺金具制作のほとんどは、丸太にはめこまれた「金床」の上で行われる。
下絵のアウトラインに沿って「金のこ」を入れて、金具の形を整えていく。
切り落とした断面をヤスリで均していく。
制作中の金華鬘。下絵通りに透かし文様を入れていることが分かる。
錺金具にはさまざまな文様があしらわれます。宝相華唐草以外にも、牡丹や菊や蓮などの植物、亀甲や七宝や綸子などの幾何文様などが、職人の手によって精密に彫られます。
錺金具の命ともいえる鏨。箱の中に保管される無数の鏨の中から、素早く一本を選び取る。錺金具師の頭の中で、出来上がりのイメージと使うべき鏨が瞬時につながっているさまを見た。
金具の地紋に用いられる魚子文様。小さな丸い粒がまるで魚のうろこであったり、魚の卵の連なりに見えることからこのように呼ばれるようになったらしい。日本の精緻な彫金技術の代名詞。
魚子を打つための鏨。打刻の場所によっていろいろな種類が用いられている。
宝相華唐草の錺金具。
彫金を終えた錺金具は、金メッキで仕上げて仏具に取り付けられていきます。
お寺を彩る仏具はこのように整えられて、本堂に飾られる日を待つのです。