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2023.01.29

「信は荘厳にあり」お寺の本堂改修プロジェクト完全密着取材【2.宮大工編】

「信は荘厳にあり」お寺の本堂改修プロジェクト完全密着取材【2.宮大工編】

荘厳仏具をすべて運び出し
がらんどうとなったお寺の本堂。
これからいよいよ
宮大工による改修工事が始まります。

400年間守られてきた建物を
さらに長く次世代へ。

老朽化と地震。
木造建築が避けて通れない
不安要素を解消し、
住職の願いを形にする
宮大工の手仕事の記録です。

お寺の本堂 住職の抱える不安と願い

仏教にとって、お寺はとても大切な場所です。特に浄土真宗では、仏さまの教えに触れることのできる「聞法道場」として、門信徒がお寺の本堂に集うことに大きな意味があります。

「先代住職やご門徒さんが守ってきた本堂。しっかりと受け継ぎ、次世代につないでいきたい」

櫻井住職はずっとこのように考えていました。

しかし、創建から400年もの歳月が経つと、建物のあちこちが老朽化してしまうものです。加えて、宇和島は南海トラフ地震の危険にさらされている場所。

「古くなったお荘厳をきれいにしたい」
「地震に強く、安心してお参りできる本堂にしたい」

このような思いを形にすべく、素心に白羽の矢が立ったのです。

このたびの本堂改修工事の主なポイントは、次の5点です。

1.床下の改修工事

本堂の床下に潜ってみると、建物を支える主要な構造材がいくつも白アリの被害を受けていてボロボロの状態。

床下の部材をすべて取り換え、土間打ち(鉄筋コンクリートによる基礎工事)をすることで、湿気と白アリを予防し、本堂をガッチリと支える土台にします。

2.壁面の「耐力壁」化

建物の耐震性を向上させるためのもう一つの方法が壁を「耐力壁」に改修することです。

漆喰壁の中に間柱まばしらと構造用合板を入れることで、本堂を揺れに強い建物にします。

3.来迎柱らいごうはしらの新調

来迎柱とは、ご本尊(阿弥陀如来さま)をご安置する宮殿須弥壇の左右に位置する2本の柱のこと。

他の柱よりも太く、金箔や彩色などで豪華に装飾され、信仰面においても建築面においても、寺院建築の中でも特に大切な柱とされています。

明源寺の来迎柱は、床下から立ち上がるはずのものが床板の上から据えられており、しかも一回り小さいものでした。

来迎柱を新調し、漆や金箔、彩色の手仕事を施し、見違えるほど美しい極楽浄土の世界を表現します。

 

4.天井を「小組折上格天井こぐみおりあげごうてんじょう」へ

これまで、内陣の天井は、格子を組み合わせた「格天井ごうでんじょう」でしたが、この格子の中にさらに細かい組子くみこを組みこんだ「小組格天井」にします。

加えて、これまで平面だった天井面をさらに上方向にへこませたように高くする「折上おりあげ」仕様にすることで、より格調高いとされる「小組折上格天井こぐみおりあげごうてんじょう」となります。

なお、2022(令和4)年3月31日に修復が完成したばかりの、本山・西本願寺の阿弥陀堂の内陣も「折上」仕様です。

5.縁と階段の改修&外構工事

本堂の外側の縁と階段も新しくします。

老朽化により木部の表面にトゲが立ち、足の裏をケガする恐れがありました。

加えて、縁の奥行きが狭いことや、階段の蹴込の高さをもう少し低くすることでお参りしやすい本堂に生まれ変わります。

これら、明源寺の本堂改修を手がける棟梁は、素心専属の宮大工の枝常紳司さん。4月から9月までの6か月間の仕事を、ダイジェストでお届けします。

枝常さんの手描きによる明源寺の「看板板」

床下の改修工事

床下の解体

畳をめくり、畳下の板を外すと、これまで長らく光を浴びることのなかった床下の姿があらわになります。地面は土。そして床下に組まれた木材の多くが白アリ被害に遭っていました。

束、足固め、大引、根太、あらゆる部材が白アリ被害に遭っていました。

芯がわずかに残っているだけ。これで建物を支えていたのかと思いとぞっとします。

床下材をすべて撤去したあとは、仮の貫(柱と柱をつなぐ木材)を入れて一時的に補強します。

数本の柱だけで本堂を支えるのはとても危険です。一時的な補強をします。

土台の設置

ここからは新しい土台の工事

まずはじめに、柱を相互に結ぶ横材である足固めを据えます。

足固めの位置決めはとても大事です。なぜならこの上に、大引、根太、畳下の板といった木材、そして畳が乗るからです。それぞれの厚みや寸法を全て事前に計算して位置を決めるため、ここを間違えてしまうとすべてが狂ってしまうのです。

足固めと大引がどんどん取り付けられていきます。宮大工の仕事は早い!

このたびの床下工事では、すべての柱と足固め、柱と大引との接合部に「仕口ダンパー」を取り付けます。

仕口ダンパーとは鋼板と鋼板の間にゴム状のようなものを挟み込んだ耐震補強装置。地震や風による荷重エネルギーを吸収する効果が期待できます。

仕口ダンパー

土間打ち

土台を組んだら、次は土間打ち。生コン車を境内に入れて、総勢15人の左官職人で一気に土間コンクリートを打設します。

コンクリートを流し込む前に、防湿効果のある土間シートを、さらにその上にワイヤーメッシュを敷くことで、基礎コンクリートがより強くなります。

透明の土間シートの上に、網状に組まれたワイヤーメッシュを敷き詰める。

生コンが流し込まれ…

あっという間に均していく。

総勢15名による土間打ちは、半日程度で完了しました。

床束、根太、畳下の設置

土間コンクリートの打設が終わり、しっかりと乾燥させたら、束石(束を載せる石)を並べて、束(床を支える短い柱)を据えていきます。床下工事もいよいよ完成が見えてきました。

束の数だけ束石が並べられる。

束の入った土台の上に立つ櫻井住職。

束を設置することで、建物を支える準備が整った。根太(画像の縦方向に並ぶ木材)を置いて、床下工事の仕上げに入る。

根太の上に畳下の板を敷くが、その前に、防蟻剤(白アリ予防の薬剤)を噴霧する。

畳下の板が入り、床下工事の完成です。

新築の場合は、水平に打設された土間コンクリートの上に、柱を立て、足固めを組めばよいのですが、明源寺のように、既存の建物の床下の改修は、床下の土がでこぼこしているため、水平を出すのに細かい微調整が求められます。宮大工の熟練の腕がなせる業です

寸分の狂いもなく、畳下の板が敷き詰められた。

壁面の「耐力壁」化

耐震性を向上させる上で、もうひとつの大きなポイントが「耐力壁」です。

耐力壁とは、建築物において、地震や風などの水平荷重(横からの力)に抵抗する能力を持つ壁のこと。多くは壁の中に筋交いか構造用合板を入れます。

お寺の本堂の多くは木造で漆喰塗のところが多く、耐力壁の施工がなされていないのが実情です。

住職の地震への不安を解消すべく、可能な限りの壁面を耐力壁に進化させていきます。

改修前の本堂の漆喰壁

解体してみると、やはり中は空洞でした。

「間柱」と呼ばれる部材を入れて

構造用合板でサンドイッチにします。画像は片面だけを入れた様子。

構造用合板を両面入れた状態。

長押と廻り縁の間の小壁に筋交いが入っていました。枝常さん曰く「ないよりはあった方がいいけれど、筋交いは柱の根元からてっぺんまでを通さないと意味をなさない」とのこと。

構造用合板を取り付けたら、合板の接合部に繊維製のメッシュを当てることによって割れを防止します。

うっすら白く見えるのが繊維製のメッシュ。メッシュを当ててから漆喰を塗ることで耐久性が増します。

合板には直接漆喰が濡れないので、特殊素材で作られたプラスターボードをはめ、これに漆喰を塗っていきます。また、プラスターボードは耐火性の向上も期待できます。

プラスターボードに対して、下塗り、中塗り、上塗りと、丁寧に仕上げていきます。

上部の小壁は構造用合板。下部の壁が漆喰の施工後。

外部に接する面は風雨の恐れがあるため、屋外には透湿防水シート「タイベックシート」を施工。湿気は通すが水は防ぐという優れものです。

屋内外それぞれに適した施工方法で、地震に強い壁にアップデートされました。

生まれ変わった耐力壁。傍から見ると分からないものの、中の仕事はたしかです。

漆喰に加えて焼杉施工も実施。

 

来迎柱らいごうばしらの新調

本堂須弥壇の左右に立つ来迎柱。阿弥陀如来の「御来迎」(死者を迎えに来て極楽浄土に導いて下さること)を表し、建物全体を支えるまさに、本堂の構造物の中でも最も重要な柱です。

枝常さんが現場を見て気になったのは、本来は床下まで貫くべき柱が、床板の上に乗せて据え付けられていたこと。加えて、本堂内の他の角柱が6.5寸だったのに対し、来迎柱の直径が6寸と一回り小さいこと。通常は来迎柱の方が一回り大きくあるべきです。

これらの懸念点を指摘された桜井住職は「信仰の象徴である来迎柱。新しくしましょう!」と決意されました。

信仰面、建築面の両面において本堂の根幹である来迎柱。その位置決めによってお堂全体の構造に狂いが生じてしまうため、慎重に慎重を重ね、測量、設計、加工、そして取付施工を行いました。

来迎柱の中央に荘厳された宮殿須弥壇。赤いラインで示したのが来迎柱(改修工事前の明源寺本堂)

床下の土台も来迎柱の箇所だけは断ち切ってある。大きな2本の丸柱を床下の礎石そせき礎石から立ち上げ、本堂全体を支えます。

2本の丸柱、柱をつなぐ虹梁こうりょう、柱の上に乗るますなど、すべて兵庫の工場で加工したものを宇和島まで運びます。

来迎柱の頂部を加工。ここに、虹梁、斗、木鼻きばながはめ込められる。釘は使用しないため、寸分の狂いも許されない。

もともと木材は四角に成形されているのを、8角、16角、32角、64角と角を切り落とし、最後は「内丸鉋」で丸に仕上げていく。

柱と柱をつなぐ虹梁

来迎柱の頂部に取り付けられる斗の中には願主の名前が書き、ここに紙を一枚敷きます。枝常さん曰く「建物は完成と同時に劣化に向かっていく。少しでもこの建物が長く継がれるよう、新聞紙を斗と通り肘木の間に1枚だけ挟み、あえて未完成の状態にしておくのです」とのこと。

2022年7月1日発刊の新聞紙。この日に来迎柱が立ったことの記憶を残します。

来迎柱に虹梁をはめ込んで…

「ホイスト」と呼ばれるクレーンを用いて立ち上げる。

 

無事に新しい来迎柱が立ちました。

床下から来迎柱が立っているのが分かります。

平の格天井から小組折上格天井へ

お寺の天井には、天井板に絵を描いた「花丸天井」や、格子を組み合わせた「格天井」など、さまざまな意匠があります。

その中でも特に格調高い意匠とされているのが「折上天井」です。天井面をさらに一段上方向に高くした意匠のことで、格式ある空間で用いられます。

さらに今回の天井施工は、格子の中にさらに小さい格子模様を装飾した「小組」もはめこみます。

いわば、「平の格天井」から「折上の小組格天井」へと生まれ変わるのです。

改修施工前の明源寺の天井。平面に格子が組まれている「平の格天井」。

天井に使われる格子、折上のための「亀の尾」など、部材の一点一点を兵庫の工場で加工します。

折上天井の湾曲部分に使われる「亀の尾」。亀のしっぽのような形状からこのように呼ばれる。

折上部分の仮組

小組を手にする住職。宮大工の仕事の精密さにため息が漏れます。

廻り縁や格子は、漆塗りや金具打ちなど、さまざまな仕様がありますが、このたびはあえて400年続く本堂の風合いに合わせた古色仕上げ。天井板の杉板は赤茶に仕上げ、奥ゆかしい空間ができ上がりました。

赤茶色の天井板と深みのある格子や小組。色の組み合わせがすばらしい!

天井と床板がはまり、いよいよ宮大工工事が完成に近づく。

縁と階段の改修&外構工事

本堂内部の大工工事が終わったことで、塗箔(漆塗りや金箔押しなど)の職人の出入りが可能となります。宮大工は外回りの工事へと工程を進めます。

このたびは、縁と階段の新調。そして外構をきれいに整えます。

特に、縁や階段は、靴を脱いで人が出入りする場所。住職も、表面に立つトゲ、階段の框の高さ、縁の奥行きの浅さが気になっていたとのことこれらをひとつひとつ改装し、お参りしやすい本堂に仕上げていきます。

紫外線劣化が著しい縁の木部。

階段と縁を解体してきます。

縁を支える縁束の設置

参道の石貼り

縁束を据えて、板の取り付けへ

階段は4段から5段へ。上り下りが楽になりました。

縁と階段も、建物の風合いに合わせて古色で仕上げました。

約半年間にわたる宮大工工事が終わり、地震に強く、いつまでも長持ちできる本堂に蘇りました。

ここからはいよいよ、内陣の荘厳が始まり。宮大工が建てた建物を中を、極楽浄土さながらの世界にしていきます。

次回もどうぞお楽しみに!


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撮影・構成・文 玉川将人
写真協力 明源寺

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