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みんなで弘法大師になればいい。二人三脚で臨んだH1王者の舞台裏|もう一度会いたいお坊さんに会いに行く旅【小谷剛璋さん✕高橋淨休さんロングインタビュー・後編】
カジュアル出家を申し出た
弟子の淨休さんと
その申し出を受け入れた
師匠の小谷さん。
インドからの動画配信で
周囲を驚かせ続けた淨休さんは
その旅の模様を
師匠に語らせようと
H1法話グランプリ2023への
登壇を企てます。
本番当日までの鬼稽古と
語られざる舞台裏について。
そして、これからのふたりが
目指す未来について
語ってもらいました。
高笑いの響くインタビューに
ちりばめられた数々の金言が
あなたにとっての
発心の種となりますように。
H1のエントリーは師匠への恩返し
ーー 小谷さんの法話をプロデュースしたのが、じつは法話の主人公である淨休さんだということは、あまり知られていません。
淨休 多分、そうでしょうね。
ーー そのあたりもふまえて、まずはH1にエントリーしたいきさつについて伺います。
淨休 インド旅から帰国した翌年(2023年)に、佐々井さんの日本行脚が決まって、ぼくと(小野)龍光さんがそのお供をさせていただいてたんです。その時期と、H1の登壇者募集の時期が、ちょうど重なってて、そこでパッとひらめいたのが、これまでの恩返しとして、「師匠をH1のファイナリストにしよう」と。
ーー ファイナリストにしよう⁉ すごい自信ですね。
淨休 不遜ですけどね。でも、ファイナリストだったらできるんじゃないかなーって。声もいいし、話もうまいし、このキャラクターだし。映えるでしょ(笑)
小谷 (笑)
ーー それを提案されたときの小谷さんの心境は?
小谷 この流れに身をゆだねるしかないなと思いました。このお寺に来ていただいた佐々井さんからも直々に「淨休を頼む」と言われましたし。こうした機会をいただけて、こちらこそ恩返ししたいなと。あとね、この流れをつぶすなって、めっちゃプレッシャーかけてくるんですよ。(笑)
淨休 ぼくからしたら漫画の1巻が『JQクエスト』、2巻が佐々井さんの日本行脚、そして3巻がH1法話グランプリ。この流れは、止めちゃダメでしょ。
小谷 はじめは、本大会に登壇できたらいいですね、くらいの感じでしたよね。
淨休 せめてエントリーはしましょうよ、ってね。
ーー 予選を見事に通過したわけですけど、どんなお話だったんですか?
淨休 テーマは本大会と同じですよ。でも、予選審査のための動画はグズグズでした。もうふたりがズボラすぎて。「やっぱちゃんとやんないとダメですねー」って。
小谷 動画を送ったのが締め切りの10分前くらいでしたね。「ぼくは夏休みの宿題をほったらかしにするタイプです」って言ってました(笑)
淨休 反省会してましたもんね。来年がんばりましょうって。
小谷 だから、9月くらいに予選通過の知らせが来たときは、思わず「ウォッシャー!」って叫んでました。
淨休 そしたらそこからですよ。師匠、天狗になっちゃって(笑)
小谷 「オレはH1の舞台の上で、いまの仏教界に対して言いたいことを全部ぶちまけるぞー」って(笑)
淨休 もう、うれしくて、浮かれちゃって。「御室派では一番だ」「真言宗では一番だ」みたいなことも言ってましたからね。「小っちぇなー」って、奥さんと激詰めしてました。ここで調子に乗ってはダメだと(笑)
鬼コーチによる鬼稽古と緻密な戦略
ーー 本番まで約2カ月。どんな形で稽古をされたのですか?
淨休 まずは台本をめちゃくちゃ練り直しました。テーマは予選動画と同じままで、それをブラッシュアップしました。ぼくが構成を考えて、そこに師匠の魂を乗せていく感じで作っていきました。
小谷 あとは、とにかく人に見てもらいました。あれがよかったですよね。
ーー 岡山の小谷さんと東京の淨休さん。リモートで?
淨休 そう。自分だけでやるのは練習にならないんです。やっぱり人に観てもらわないと。特に、初見の人。ぼくのいろんな友だちにリモートでつないでもらって、感想として違和感のあった箇所だけを話してもらいました。
小谷 2か月間で10回とか15回くらいやりましたよね。あと個人的に反復練習として、インスタライブを20回くらいやりました。
ーー H1で披露したお話をそのままインスタで?
小谷 そうです。反復練習しろってずっと言われてたんで。犬の散歩しながらも稽古してましたよ。
ーー 小谷さんのかすれ声がものすごくよかったんですけど、本番への追い込みで喉をつぶしていたとか…?
小谷 喉は大丈夫でしたけど、身体はフラフラでした。
淨休 本番の前日は稽古のために1日空けてて下さいねって言ってたんです。10時間やるからと。
ーー 前日に10時間?
淨休 朝から晩まで、奈良のカラオケ屋で稽古してましたから。
小谷 晩までじゃないですね。朝までですね(笑)
ーー 朝まで?
淨休 そうそう。カラオケ屋で夜9時まで稽古して、んで別々のホテルにチェックインして、夜の10時にチェックアウトしましたからね。
ーー え?
小谷 シャワー浴びて、スマホが鳴ってて、出てみると、「チェックアウトしました。いまロビーにいます。師匠の部屋で稽古しましょう」って(笑)
ーー マジですか⁉
淨休 そこからまた稽古して、んで、さすがにちょっとは寝ましょうって寝るんですけど、興奮と不安で寝れないんですよね。んでまた電気付けて、「やりましょう!」って。何時くらいだったかな?3時?4時?
小谷 そこから本番直前までずっと稽古ですよ。9時くらいまでやって、そして10時の会場入り。
ーー 追い込み方が尋常じゃないですね。
淨休 重要なキメのセリフがヨレヨレだったんですよ(笑)前の日に、テレビでフィギュアスケートの浅田真央ちゃんのドキュメントをたまたまやってて、ソチ五輪のショートプログラムで失敗したのが現役生活の中で一番辛かったって振り返ってるんです。こちらとしては、このタイミングでこの番組と巡り合ったのも何かのメッセージだと思うわけです。師匠にこんな思いをさせるわけにはいかないと、そこから心を鬼にして追い込みました。
小谷 本番直前の舞台裏でもね…。
淨休 リハーサル終わって楽屋に戻ろうとしてる師匠を見つけて、肩を叩いて「まだ1時間15分ありますよ」って(笑)
小谷 なんで、ここにいるん?って、思いましたよ。
淨休 一応関係者ですからね(笑)M-1だったら、「すべての漫才師がこの時間、壁に向かってやってますよ」って檄を飛ばしました。
小谷 そうなんです。あのことばは効きましたね。
なら100年会館の舞台裏。出番のギリギリまで稽古を重ねた。
楽屋に入らずに台本を反復する小谷さんからは、鬼気迫るものがみなぎっていた。
ーー 淨休さんがいなくなったあともひとりで壁に向かって稽古してましたもんね。
淨休 それを聴くと、うれしいですね〜。
小谷 とてもじゃないけど、楽屋にはいられなかったですね。
淨休 インスタ開いてみると、インスタライブで「気が狂いそうだ、気が狂いそうだ」ってずっと言ってて。「気が狂いそうだ」って連呼するお坊さんなんて、どこにいるんだよって(笑)
ーー 舞台裏で淨休さんに「感情曲線」の紙を見せてもらいましたよね。あれは凄まじかった。
淨休さんによる「感情曲線」。小谷さんの法話の時間を横軸で、感情を縦軸で数値化している。アニメ監督の新海誠さんの手法を本番前日に取り入れて、抑えを効かせた語りの重要性を小谷さんに植え付けた。
淨休 前日にカラオケ屋さんに入って稽古してみると、師匠、もう“かかっちゃってる”んですよ。テンションが上がっちゃって、空回りしちゃってる。最初からその勢いで行くと、10分も聴いてられないなと。
小谷 ついつい、「ウワー」って喋り出しちゃうんですよね。
淨休 どれだけ言い聞かせてもおんなじ感じだから、これはヤバイなと思って。コンビニまで走って、台本をプリントアウトしましたもんね。
ーー え? それまで台本はなかったんですか?
淨休 あったんですけど、本番直前だし、台本なしの確認程度くらいでいいかなと思ってたら、全然ダメだった。台本を印刷して、大事なところにペン入れて…。
小谷 結果的にそれがよかったかもしれませんね。前日の追い込みの時だったからより効果的だったかもしれませんね。「抑えて語る」とか、めちゃくちゃ勉強になりましたもん。
ーー 感情曲線があったから、抑えるところ、上げるところを冷静に表現できたのですか?
小谷 自分の中で「4」の出力が、実は「7」や「8」だったんだってことが数字として捉えられたのは大きかったですね。いつもは「ダー」って喋っちゃうんで。
淨休 あとは30枚の紙芝居を作りました。絵を思い浮かべながら話すことで、その情景が相手にも伝わりやすくなって、話の印象が強まるんです。
30枚の紙芝居も、本番前日のカラオケボックスで、Macbookで作った
ーー 小谷さんの法話は、扇子を持って、上下つけて話されてました(落語の基本的な表現方法。頭を左右に振って複数人を演じ分ける)。はじめから落語のメソッド前提の法話にしようと?
淨休 そうですね。
ーー 日芸の落研出身で、広瀬香美さんをバズらせた淨休さんだからこその演出ですね。
淨休 台本の稽古、感情曲線、そして紙芝居。この3つを本番前日にぶち込んで夜通しやりましたから、そりゃ気も狂いそうになりますよね(笑)
小谷さんの滔々とした語り口は、たった2カ月で叩き込んだとは思えないほどにすばらしい出来だった。
ここは「12.2!なら100年会館!!」
ーー 和太鼓による出囃子の中、いよいよ小谷さんの登壇です。あの瞬間を振り返ってもらえますか。
小谷 もう、完全にリング入場ですね。プロレスの。
淨休 マイク越しに「シュー」って声が聞こえてきましたね。完全にリングに上がる前のレスラーの息づかいやんって(笑)
小谷 修行中の時、1日に10回もの法要をこなしていたんですけど、身体も喉もめっちゃきつい中を奮い立たせるために、自分を大好きなレスラーに見立てて暗示をかけてたんです。「ここは両国国技館!」「ここは日本武道館!」とか。その時の経験が活きました。
淨休 たしかにそんなこと言ってましたもんね。「1.4!東京ドーム!」「12.2!なら100年会館!」って。
ーー 鬼コーチから見て、どんな滑り出しでしたか?
淨休 安心しましたよ。「来た!」「滑り出した!」「会場の空気に吞まれてない!」って。
小谷 ぼくからするとはじめの10秒くらいは“かかっちゃってる”んですよ。でもそこで感情曲線が活きました。「とにかくかかるな!」と、ずっと言われてましたから。
ーー 小谷さんの法話では、客席から自然発生的に笑いが起きていましたが、舞台上ではどのように感じていましたか?
小谷 「来た!」「やばいやばい!」「嬉しい!」みたいな。
淨休 お客さんに「ありがとうございます!」って返してましたね。あれは?
小谷 アドリブです。嬉しすぎて。
淨休 どんな声がかかってたんですか?
小谷 ずっとクスクス笑ってくれてて、それが本当に嬉しすぎて、素が出ちゃったんです。だって、普段の稽古では、ぼくの法話で笑ってくれる人なんて、一人もいませんでしたからね。
淨休 たしかに。そりゃそうだ(笑)
小谷 むしろ、怒られたり、ダメ出ししかなかったですからね。本番が一番嬉しくて、楽しかったです(笑)
淨休 コーチからすると、正直あれは余計なんです。1分1秒計算して台本を作ってましたから。でも、ライブだからこそ、あの寄り道が活きたんでしょうね。
ーー 計算通りいかないのがライブのよさですし、「もう一度会いたい」っていう投票基準も、H1ならではですよね。
淨休 そうそう。キャラクターが、いい感じで出てましたしね。
ーー お寺や蒜山を背負っている必死さ、稽古でかすれた声、お見事な話芸、秀逸な戦略、それらが生み出す気迫が愛すべき泥臭さとなって、得票を集めたのかなと思います。あとはもう、最後まで駆け抜けた感じでしたか?
小谷 そうですね。もう転がった感じですね(笑)
淨休 転がりながらゴールみたいな(笑)
俳優の檀ふみさんから賞状が授与される。目に涙を浮かべた姿が大画面に映し出される。
最前列にいた淨休さんももらい泣き。
最後は師弟ともに登壇し、大団円となった。
ふたりのこれから。お寺のこれから
ーー H1で見事チャンピオンになられて、まわりの反響はいかがでしたか?
小谷 お檀家さんや地域の方からも祝福してもらって、新聞やテレビの取材もあり、いろんなところから講演会のお誘いもあって、本当にありがたいです。
淨休 ぼくは来年はいよいよ本格的な加行に入ります。福王寺一門として、師匠の下で修行をさせていただきます。
ーー 仏教では小谷さんが師匠。法話では淨休さんが師匠。『釣りバカ日誌』のスーさんとハマちゃんのような関係ですよね。しかもこちらは年齢まで逆転している。
小谷 本当にそうですよね。
ーー これからのおふたりの「第4巻」に、早くもワクワクしています。
淨休 H1に登壇した目的は、何よりもまずはつぶれそうな福王寺を知ってもらうためだから、これはあくまでもスタート地点。この「H1チャンピオン」という看板を引っ提げて、これからできることをどんどんしていきたいですね。
小谷 H1での自己紹介文の通り、寺をどうにかしないといけない、蒜山に人が来てもらいたい、そして真言宗の後輩たちにも道を示したい。だから、やるべきことはまだまだたくさんあります。
取材当日にも、H1で小谷さんの法話を聴いた人が、「もう一度会いたい」と和歌山県から駆け付けた。
ーー その背負っている感じが舞台上でもあふれ出ていて、それが得票につながったのかもしれませんね。
小谷 実際に、H1を終えたあとに、「ぼくもH1に出たいです」って言ってくれた後輩がもう3人いるんです。
淨休 3人も!それはすごいね!
小谷 田舎と後輩をどうにかしたい。これがぼくの2大テーマです。
淨休 地方の過疎化や、次世代への継承など、師匠の話って、日本仏教界、あるいは日本社会全体が抱えている問題でもあると思うんです。だから多くの人に共感していただいたのだと思います。
ーー 小谷さんの「みんなで弘法大師になればいい」ということばがとても印象的でしたけど、本当に「みんな」の力を束ねたいですよね。
小谷 ぼくひとりの力じゃ、チャンピオンだなんて絶対なれなかった。淨休さんはもちろん、蒜山高原の人たち、後輩たち、その他にも応援してくれた人たちとか、本当にみなさんのおかげだと思っています。まずはひとつ恩返しができたなと。
ーー 外の世界から仏門に飛び込んだ淨休さんには、仏教やお寺にはどんな魅力が潜んでいると思いますか?
淨休 お寺って、セーブポイントのような場所だと思ってて、過去から現在までの情報の塊なわけですよ。日本中で、土地を掘り返しては道路を敷いたり、建物壊してはマンション建てたりとかが当たり前に行われている中で、ここだけは先祖たちが大事に守ってくれている場所です。しかもそれが日本中にある。日本人が信じてきたもの、守ってきたもの、必死に次世代につないできてくれたものが、ここにはある。
ーー それが、人を幸せにしてくれる?
淨休 そう。ビンビンにアンテナ立てて、感度高めてお寺に行くと、遊びとしてもこんなにおもしろいもん転がってないぜってくらいに、お寺っておもしろい。ゲームとか映画で感動して「イエイ」ってなるのもいいんだけど、それとは別次元の深い物語が、それもあなたにとってのオリジナルストーリーが、お寺に来ると見つかるんです。
ーー 先祖たちがつないできた場所にアクセスすることそのものが、おもしろいと?
淨休 うん。戦国時代でも、戦争中でも、ずーっと死が身近にある時代を生きてきたわけでしょ。その中で、命がけで守ってきたもののメンタリティに触れるだけでも、ぜんぜん次元の違う体験になると思うんですよ。
ーー なるほど。そういう意味でも、お寺に来ると先祖とつながれる。そしてそれは、気持ちよくて、楽しい体験となるのですね。
淨休 なにか違う力が働く。違う力が。
小谷 先祖の力って、圧倒的じゃないですか。20代遡ったら104万人のご先祖さまがいると言われている。血のつながっている人が、104万人ですよ。
ーー 20代前ってたかだか4~500年前ですよね。
小谷 はい。もしも先祖の魂があるとしたら、少なくとも104万の魂がうごめいて「子孫たちかわいいなあ」って見てくれているわけじゃないですか。そう思うと、自分も幸せに生きていくしかないよねって、思いますよね。
ーー 淨休さんをはじめ、福王寺では、『JQクエスト』をきっかけにすでに4名の方が出家得度されました。おふたりが機縁となって、さらに新しい発心が生み出されるといいですね。今日はありがとうございました。
小谷・淨休 ありがとうございました!
『こころね』では、数々の記事をお届けしてきましたが、こんなに腹を抱えて笑いながらのインタビューははじめてでした。
お寺の危機と叫ばれている昨今において、おふたりの明るさと力強さをとても頼もしく感じます。
「寺がつぶれる」という危機感から、自らができることをたった一人で泥臭く実践していた小谷さん。
その必死さは、やがて淨休さんとのご縁をたぐり寄せ、H1のチャンピオンを獲得するまでに至ります。
小谷さんは、舞台の上で、弘法大師空海のことばを披露します。
眼、あきらかなる時は
道に触れて、みな宝なり
(心の目が清らかであれば
見るもの、聴くもの、すべてが宝となる)
宝とは発心のこと。発心とは、仏さまとのご縁を自らの心の中で結ぶこと。
もしも淨休さんの発心がおじいさんによる命名であったのならば、小谷さんの“第二の発心”は、淨休さんとの出会いに他なりません。
発心の種はどこにでも落ちているし、一度だけでなく何度でも新しい発心を起こすことができる。
そんなことを身をもって体現してくれたおふたりの「第4巻」を、こころねはこれからも応援いたします。
そしてこの記事が、あなたの発心の種となりますように。
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▶福王寺の公式ウェブサイトはこちらから。
構成・文 玉川将人
撮影 粟生密有