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2024.06.03

海外赴任で崩れたメンタルを坐禅と法話で調える|Youはどうして仏教に?(貝谷健介さん・46歳)

海外赴任で崩れたメンタルを坐禅と法話で調える|Youはどうして仏教に?(貝谷健介さん・46歳)

仏教好きや
寺社巡りラバーの方に
仏教との出会いや魅力について
深くお訊ねする新企画!
『Youはどうして仏教に?』

2023年9月2日。
神戸市須磨寺で行われた
三者三様の法話会。

満堂の聴衆の中で
チェロを背負い
ひときわ目立つ装いの男性に
「どうして法話を聴きに?」
と訊ねてみました。

約10年間で
2度の転職と3か国の海外赴任。
キャリアアップを目指して
邁進していた日々を
「過信」だったと振り返る
貝谷健介さん。

辞表を提出し
日本に帰ってきた貝谷さんが
まず向かったのは
3泊4日の禅寺体験でした。

バラバラと崩れたメンタルを
一つずつ拾い上げ
つなぎ直す
貝谷さんの心の声を
聴かせてもらいました。

46歳で迎えたはじめての挫折

大学卒業後、長らく研究職や工場管理に従事し、2002年から転職と海外赴任をくり返しながらキャリアを築いてきましたが、昨年2月の転職で、人生はじめての大きな挫折を味わいました。

ベトナム法人の工場長として迎えられ、日本人としての技術力を買われたものの、経営陣、上司、そして部下も全員がベトナム人で、700人を管理する完全なアウェイ環境での業務に心身ともに追い詰められました。

これまで日本法人の海外工場でのマネジメントが自信の源でしたが、その経験が過信につながっていたことを痛感しました。かつては本社や日本人スタッフのサポートがありましたし、日本の社会保障制度の恩恵を当たり前のように享受していました。

しかし、これらのサポートが一切ない環境に置かれたことで、いかに人間が脆弱であるか、いかに見えざるサポートが自分を支えているかを、深く理解しました。

最終的には精神的にオーバーワークし、会社に辞表を提出して日本へ帰国しました。いつ復職してもよいとは言われていたものの、このままだと自分がつぶれてしまうと思い、完全退職し、帰国後すぐに向かったのが、禅寺でした。

約10人とともに過ごす禅寺生活

子どものころから、お寺や仏教とのご縁はほとんどありませんでした。あるとすれば祖父母の法事やお墓参りくらいでしょうか。それでも、ビジネス雑誌でマインドフルネスの特集を目にするなどして、心と向き合うことへの関心はありました。

帰国後に訪れたのは、宝泉寺禅センター(京都府亀岡市)。臨済宗妙心寺派が運営している禅道場です。

宝泉寺は「来るものを拒まず、去るものを追わず」を地で行くようなお寺でした。わたしが訪れた時も、すでに数名の参加者が修行生活に励んでおり、毎日のように新しい人が参禅しては、去っていきました。常時10名くらいの人たちが、入れ替わり立ち替わりで修行生活を続けています。

多様なバックグラウンドを持ち合わせる人たちが集まっていました。会社を複数経営していた人、サックス片手に旅するバックパッカー、海外の企業を解雇されて日本に戻ってきたプログラマー、大学教授、外国人。本当にさまざまな属性の人とひとつ屋根の下で生活をするのです。

生活の中心は坐禅です。足を組み、姿勢を整え、丹田(へその下約5センチ)に力を入れて腹式呼吸をします。これを続けると一時的に酸欠状態になりますが、終わってみると身体も頭もスッキリし、心がニュートラルな状態に戻る、とても不思議な感覚がします。

坐禅のほかにも、掃除や洗濯や炊事などの「作務」を分担して行いましたし、近くの山にみんなで登ったりと、一日の半分を修行に充てています。

残りの半分はフリーの時間。そこで、他の参加者たちと交流を深めます。彼らもまたそれぞれに多くの人生経験を持ち、悩みを抱えて生きていました。

今日の横田猊下の法話の中に、「話を聴いてもらうことで、喜びは倍になり、悲しみは半減する」というお話がありましたが、まさにその通りでした。

宝泉寺での修行は、自分自身と向き合うだけでなく、自分と同じように悩み苦しんでいる人が他にもいることを教えてくれました。内省と対話が、縮こまっていた視野を大きく広げて、心を調える大きな助けになったと思います。

家族、チェロ、仏教。暮らしの中のよりどころ

3泊4日の修行体験を経て、少しずつ心身を取り戻すことができています。

最近は、朝早くから家の近くの禅寺にお参りし、立禅(禅の一種。立ったまま行う瞑想法)を実践しています。

YouTubeでさまざまなお坊さんのお話を聴くこともあり、自分の心のバランスを見つめ直しています。

仏教は2500年の歴史を持ち、法話には長い年月の人々の苦しみと、その処方箋が凝縮されています。これは本当にすばらしいことで、わたしの心の拠り所となり、歩むべき指針となってくれています。

法話の中身って、意外と当たり前のことが多いですが、それを聞かずにいると、やがて身勝手な自分というものが現れます。この自我が心のバランスを崩し、自身を壊すことにつながってしまいます。

だからこそ、定期的に法話を聴いたり、お寺にお参りすることが大切なんだと思います。今日もメモを取りながら、たくさんのすてきなことばをいただきました。「人生は手遅れのくり返しだ」とかね(笑)。

法話会当日。たくさんの人がお坊さんの話を聴きに足を運んだ。

暮らしの中に仏教の教えや実践を取り入れることで、心が少しずつ安定し、身の回りにあるささやかな大切なものに気づくようになりました。

坐禅を始めたことで、息子たちもわたしの行動に興味を持ち始め、家で一緒に坐禅をしたり、つい最近は写経もしたんですよ。13歳と10歳の子が坐禅や写経だなんて、なかなか珍しいですよね。

心身がしっかり整ったら、また新たなキャリアにチャレンジしたいとも思っています。ただ、つかの間の休息を得て、妻や息子たちのかけがえのなさに気づきました。次の職場は、家族との時間を大切にでき、すぐにお寺にお参りできる場所がいいですね。

このチェロですか? 大学時代から本格的に取り組んで、アマチュアなりに結構がんばってやっていました。働き始めてからは演奏の機会が減ってしまったのですが、職業演奏家である妻のおかげで、プロの方とともに演奏する機会もいただいています。今日もこれからコンサートのリハーサルなんです。

これからは、このような時間も大切にしていきたいですね。


▶貝谷さんが修行体験した宝泉寺禅センターはこちらから。

▶貝谷さんも訪れた「三者三様の法話会」の取材レポート記事はこちらから。『真言宗と臨済宗による夢の競演|三者三様の法話会 in 須磨寺』


構成・撮影・文 玉川将人

 

 

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