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法話は、痛みと苦しみに届ける仏さまの心 – “もう一度会いたいお坊さん”に会いに行く旅【舟川智也さん~前編
H1法話グランプリ2021
日本全国から集まった
宗派の異なる8組9名の僧侶たちによる
珠玉の法話会。
全国各地から熱視線が送られる中
ひときわ異彩を放っていたのが
浄土真宗本願寺派
両徳寺・舟川智也師です。
審査員のいとうせいこうさんに
「真打登場」とまで言わしめた
舟川さんの味わい深い法話。
現代の私たちに
法話は何をもたらせてくれるのか。
仏教はどう寄り添ってくれるのか。
そんなことをご本人に聴きたくて
こころね編集部は
福岡県行橋市の両徳寺まで
足を運びました。
“もう一度会いたいお坊さん”に会いに行く旅
舟川智也さん編
前後編にわたって、お届けします。
誰も経験したことのない規模の法話会
ー H1の当日、舟川さんの法話を現地会場で目の当たりにして、素人ながら、あまりの上手さに「これはすごい」と唸ってしまったのを、昨日のことのように覚えています。今日はお会いできて、本当に光栄です。
遠路はるばる、ありがとうございます。
ー 普段はお寺の本堂でする法話を、あの日は1,500人収容のホールで行いました。緊張されましたか?
さすがに緊張しましたね。リハーサルもなかったですし。
ー リハーサル、なかったのですか⁉
そうなんです。楽屋もひとつで、登壇者全員が同じ部屋で過ごしていましたので、舞台裏をウロウロしながら、自分なりのリハーサルをしていました。ただ、人が多い方が反応も分かりやすいですし、反応があることで、緊張もすぐにほぐれてきました。
ー 暗闇の中で、照明も照らされている。相手の顔が見えづらく、会場中が静かに耳を立てている。そんな中でも反応って感じられるものなのですか?
たしかにあの日は、前から4列目以降は、全く顔が見えませんでした。でも、会場の一体感というか、みんなが話に集中しているときの空気感というのがやっぱりあって、徐々に気持ちが高まって、私の話の中に入ってきてくれているなというのは、すごく感じました。
ー 私もその内のひとりです。
ただ、はじめの方は空気が重かったですね。「やばいなあ」と思いながら話していましたけど、後半に入ってくると、みなさんの雰囲気も砕けてきて、ちょっとしたことでも反応が感じられたので、良かった良かった、って感じです。
ー 観客側も緊張していたと思います。誰も経験したことのない規模の法話会。独特な雰囲気でしたから。
最近はみなさんマスクをされるでしょう。話す側からすると表情が見えづらく、今まで以上に聴く方の反応が掴みづらいというのはあります。
ー なるほど。
あと、マスクをしているから、笑っちゃいけない、声を出しちゃいけないという意識が働くのだと思います。それが余計に緊張を生んだのかもしれないですね。
H1法話グランプリ2021。これまでにない規模の法話会が賞レースの形をとって行われた。(画像提供:H1法話グランプリ大会実行委員会)
“もう一度会いたいお坊さん”ナンバーワンを決める大会。その模様はYouTubeでライブ配信され、日本全国の仏教ファンが注目した。
誰にも話せない悲しみ、その心の声を私は聴いているよ
ー 舟川さんは、30代の息子さんを亡くされた男性のお話をされました。家長として、家族みんなを支えなくてはという思いで、ずっと悲しみを押し殺していたというエピソードです。
はい。
ー どうしてこの方を題材にしようと思われたのですか?
H1の審査基準は「もう一度会いたいお坊さん」。では、人はどんなお坊さんを求めているのかなと考えた時に、話を聴いてくれるお坊さん、いろんな想いを抱えた人に対し、1対1で向き合ってくれるお坊さんだろうなと思い、テーマは案外早く決まりました。
ー たしかに法話って、構造的に聴くことを強制してしまいます。舟川さんの法話の何が素晴らしかったかというと、「仏さまやお坊さんも、ちゃんとあなたの話を聴きますよ」ということを話している点ですよね。
仰る通り。聴くことを話しました。
ー 傾聴は、ここ最近の仏教界における、大きなキーワードになっているように思います。人はやっぱり、自分の話を聴いてもらいたい生き物ですものね。
そうですね。あの日、特別講演をされた西山厚先生(帝塚山大学客員教授)も、「お坊さんは本来聴く存在だ」と言われていました。
ー お坊さんって、お経を読んだり、法話をしたり、どちらかというと話すことの方が多いと思うのですが、舟川さんご自身は普段から聴くことを意識されているのですか?
普段の月参り(毎月決まった日に行われる門徒の家へのお参り)だと、ご門徒さんから話してくることの方が多いですよ。そうすると、私はほとんど聞き手です。
ー どんな話題になるのですか?
大半は雑談です。でも、他愛のない何気ない話でも、吐き出せる場所があるってことが大切です。もちろんその中で、真剣な問いや想いをぶつけられる方もおられます。
ー 舟川さんはあの日の法話で、仏さまやお坊さんとの1対1の関係から、「あなた一人じゃない。誰もが、他人に話せない想いを抱えている。今日この会場にやって来てくれたあなた方もそうですよね?」と、話を大きく広げていきましたよね。
はい。
ー あの時、会場にいた人、YouTubeで視聴していた人、舟川さんの言葉を受け止めた誰もが、一瞬でも自分なりの悲しみ、苦しみを見つめ、共感を覚えたのではないかと。
法話は共感が大切です。それがなければ相手を置き去りにしたただの独白になってしまう。みんなが共感する痛みや苦しみ、そこに届く仏さまの心の話。それこそが法話ではないかなと思っています。
ー グランプリや審査員特別賞こそ逃しましたが、審査員のいとうせいこうさんは開口一番、「真打登場」と言われてました。
あれは嬉しかったですね。でも、帰りの新幹線では疲れもあって、「ああ、M1で賞を獲れなかった漫才師も、きっとこういう気持ちなのかな」とぐったりしていましたね(笑)
あなたの抱えてきた、誰にも話すことのできなかったその悲しみを、私は知っておるよ。あなたのその心の声を聴いているよ。あなたの心の声を聴いた時に、私は立ち上がらずにはいられない。そうして私は仏になる。そう御誓い下さった仏さまが、阿弥陀様です。(舟川さんの法話より)
いとうせいこうさんの講評は、舟川さんへの賛辞と、お寺や法話への期待で溢れていた。
コロナ禍からの挑戦~YouTube、H1、築地本願寺~
ー 舟川さんは、H1に登壇される前から、YouTubeチャンネルで積極的に法話を配信されていました。コロナがきっかけだったのですよね?
はい。2020年の3月に緊急事態宣言が出て、法事もお参りもすべてキャンセルになり、何もできない不安に襲われました。何かをしなくてはと模索した中で出てきたのがネットを通した活動だなと。5月に下準備をして、6月にYouTubeの配信をスタートしました。ただ、コロナの前から、いくつかきっかけはあったんです。
ー と、言いますと?
たとえば、親の介護でお寺の法要にお参りできないご門徒さんから、法話をCDにまとめて亡き母に聞かせたかったなどの声を頂いたり。でも、その時はなかなかそれに手を付けられなかった。
ー お寺に来られない人の中にも、法話へのニーズはあったわけですね。
はい。今だと法話のネット配信はかなり当たり前になりました。スマホのボタンひとつで法話を届けられるなら、ひとつの方法としてアリかなと思います。
ー 誰もがスマホを手に持つ時代ですもんね。
あるご門徒さんのおうちにお参りに行った時なんて、私の目の前で、仏事についての疑問をスマホで検索されちゃって、これはなかなかショックでしたね(笑)きっと、私よりもネットの方が正しい答えを与えてくれると思われていたのでしょう。
ー それは、辛いですね…。
でもそれが現実なのだと思います。それだったら、こちら側もネットの中で話をした方が説得力が上がるかなとか。コロナ前からそうした想いは抱いていました。
ー YouTube、H1。こうした取り組みに対して、どんな反響がありましたか?
H1の時には、YouTubeのチャンネル登録者の方数名が、日本全国から駆け付けて、奈良の会場で応援してくれました。とてもありがたいことです。
ー すごい。舟川さんの追っかけがすでにいるのですね。
YouTubeっていうのは、一方的な情報発信ツールではなく、コミュニケーションツールであり、コミュニティなんだなと、考えさせられています。いまはオンライン上の両徳寺を作っている感じです。
舟川さんのYouTubeチャンネル「みんなでおてらいふ/両徳寺」
ネットからリアルへの落とし込みの一つとして、今度、東京の築地本願寺で、法話会を行うんです。
ー 福岡のお坊さんが、築地本願寺で法話会を?
浄土真宗の関係者であれば分かると思いますが、こんなこと、3年前では考えられないことでした。法話って、呼ばれて行くのが当たり前でしたから。
ー 誰かに求められて、ではなく、舟川さんご自身が企画されたのですか?
はい。そんなに大それたものではなくて、YouTubeのおかげでつながった全国のご縁の中で、いつも関東から応援して下さっている方に会えるなら、まあ4~5人くらい集まればいいやと思っていたら、なんと今日現在で23名の申し込みがありました。
ー それはすごい!
うちのご門徒の息子さんが千葉におられて、築地の法話会をお誘いしたら、なんと有休を取ってまでして来てくれると。これは嬉しかったですね。正直、普段のお寺の法要でも、仕事だ、用事だと、何か理由をつけて断られることも少なくないのに。
取材の3週間後。築地本願寺で開催された単独法話会には、最終的に35名の方が集まった。(画像:本人提供)
人生で起きた全てのことが、今につながる
ー 舟川さんの取り組みが、いろんな方面に伝わっていますね。
でも不思議なもので、もしコロナ禍になってなかったら、私はYouTubeをやってなかった。そして、もしYouTubeをやってなかったら、H1への参加や、築地の法話会なんて考えもしなかった。人生の上で起きた出来事すべてが、今につながっています。
ー はい。
いいことも悪いこともすべて、今につながっている。コロナなんて誰にとっても良くないことだけど、でも、良くないことも含めて、歩むべき道が開けることもある。そして人生に起きた良いこと悪いことすべてを、「良かったな」と受け入れられることで、生きることがものすごく楽になる。仏教が教えてくれているのは、きっとそういうことではないかと思います。
ー 黒が白に変わる。なんだかオセロみたいです。
あらゆることを受け入れられるようになったのであれば、その瞬間、過去に起きたイヤなことの意味もひっくり返る。辛いこと、苦しいことがなければ、そもそも仏教の話を聞こうという想いにもならないですからね。
後編では、法話や仏教が、現代に生きる私たちに何をもたらせてくれるのか、また舟川さん自身がどういう思いで僧侶になられたか、深くお話しいただきました。
後編記事「ともに白道を歩む」はこちらからどうぞ。
▶H1法話グランプリの舟川さんの法話はこちらのDVDでご覧いただけます。
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▶両徳寺公式HPはこちらから
▶舟川さんのYouTubeチャンネル「みんなでおてらいふ/両徳寺」
▶こころね記事「762組もの仏縁がつながる日-「H1法話グランプリ2021」現地レポート」
構成・文 玉川将人
撮影 西内一志/玉川将人