下書き

仏教はカッコいい|中村明珍さんロングインタビュー3/3(風待ち編)

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やっぱりぼくたちは
いろんな存在や生命と
関係しあっていて
そのおかげで自分がいる。

音楽や農業は
そのことを理屈抜きで
教えてくれましたし
それはすでに
仏教が語ってくれていました。

中村明珍さんの
3回に渡るロングインタビュー
最終回は「風待ち編」

仏教のカッコよさについて
伺いました。

 

仏教とパンクは、おもしろカッコいい

ー ここまでお話を伺ってきて、音楽、仏教、農業など、チンさんが選んできたものはすべて「カッコいい」というキーワードでつなげられるなと思います。

ああ、たしかに。

ー 仏教は、カッコいいですか?

そういう風に考えたことはこれまでなかったですね。でも、カッコいいですね。

ー 即答されましたが、どのあたりにカッコよさを感じますか。

仏教はスケールが大きい。自分が生まれてから今日までという数十年をはるかに超えてて、2500年も続いている。しかも自分のルーツである先祖ともつながれるのだから、その大きさが、カッコいいです。あと、だれかを救えてしまうお坊さんって、純粋にカッコいいなと思ってしまいますよね。

ー チンさんも、真言宗のお寺で救われたわけですもんね。

そうですね。仏教の教えは、苦しみの源みたいなものがとても分かりやすく可視化されていて、それに対する答えや処方箋がすでに用意されている。生きる支えになってくれますし、これはもうカッコいいを超えて、リアルにありがたいです。

ー 王位を捨ててお城を飛び出し、当時のインド社会へのアンチテーゼに生きたお釈迦さまって、実はとてもパンクな人じゃないかと思うのですが、チンさんはどう思われますか?

そういう側面もあると思います。ただ本人はきっと「アンチテーゼに生きるぜ!」と掲げたのではなくて、それ以前に深い疑問と苦しみがあって、その結果としてパンクな生き方になっていったのではないかと思います。仏教はカッコいいんですけど、それはいわゆるファッション的なカッコよさではなくて、一生懸命生きててにじみ出るもの。なんでそんなに徹底的に悩み苦しんでいるのだ? というところがおもしろカッコいいみたいな。

ー おもしろカッコいい(笑)

そこには悲しみのようなものも当然含まれていて、そのおかしみこそが、カッコいいなと思います。

自分なんて、ない

ー お釈迦様も、当時の社会の常識によりかからずに、自分の目で見たものを信じ、自分の頭で考え、自分の足で立って歩いた。チンさんの話す「インディペンデントな生き方」につながるようにも思えます。

自分で考えることは大事だけど、エゴや自我はあまり大事にしない方がいい。両者は矛盾しているようですけど、そのことを強く打ち出しているのが仏教だと思います。

ー なるほどです。諸行無常。諸法無我。ですね。

その真理をわずか4文字に凝縮しているのも仏教のすごいところです。自分の頭で考えるこの自分もまた関係性によってしか成り立たない。自分なんてないんです。でも、自我を無くしていくって、現代人には難しいですよね。

ー 自分のなりたいものになろう、したいことをしようっていう価値観は、自我の肥大以外の何物でもない。

とはいえ一方で、いまの若い世代の人たちは縁起的な感覚を案外当たり前のように受け入れているのかなあ、とも思うんです。

ー そう思われるきっかけは?

少し前に浄土真宗本願寺派のイベントにお呼ばれして、10代や20代の人たちを前に話す機会があったんですけど、経済的成功が幸せだというような価値観は、かなり古いものになりつつあると感じたんです。そして経済的に成功するためには強烈な自我や個性がいると信じられていましたけど、いまの若い人たちってそこまで自我を持つことをよいとも思っていないというか、それを感じましたね。実体がないというのは仏教のすごい発見ですし、自分やまわりの人たちを幸せにするためにもとても有効な考え方だと思います。

ー 音楽も、農業も、自我よりも周りとのアンサンブルが大切で、チンさんはそれを小学校6年生の時に肌で感じ、その答えが仏教の教えの中にすでに説かれていた。

農業者がいかにすごい思考を持ってても、周りとうまく関わり合わないといい結果にならない。周りというのは、畑を耕す仲間だけじゃなくて、土や水や自然など、地球や宇宙を含めた話なんですけどね。

ちょっとずつ、ちょっとずつ、進める

ー これからしたいこととかあるのですか?

2年前に村に新しい公民館ができたんですけど、それに伴って古い公民館を解体しようという話があるのですが、とても貴重な建物ですし、維持管理を引き受けたいなあと思っています。昭和20年代に建てられたもので、当時の村の人たちが芝居が好きだったことから舞台や桟敷席まである。実際に僕もご縁のあった立川志らく師匠や談笑師匠などに来ていただいて、落語会を開きました

ー すごいですね。チンさんがきっかけで東京と周防大島が結ばれています。

全国的にも珍しい小屋だそうで、立川流の方々も応援して下さっています。集落の人たちは「普段使わないものだからみんなが元気なうちに壊そうよ」と。でも本音では「壊すのはやっぱりもったいない」。とはいえ「どこの誰か分からない奴にいきなり任せられない」といった感じなので、ちょっとずつ、ちょっとずつ、進めています。

ー 時間をかけて焦らずに、ですね。

いきなり「僕に任せて下さい」って主張すると角が立っちゃいますから。1年以上かけて、世間話の中にさりげなく公民館のことを挟みこんだりしながら、だんだん僕が引き受けられそうになって来たってのが最近の話です。

あと、これからはもう少し農業の比重を上げていこうと思っています。

ー そこにはどんな想いがあるのですか?

原点回帰です。ありがたいことにたくさんのご縁やお誘いをいただいて今があるのですけど、やっぱりこの島に来た当初目指していたところに立ち返りたいなと考えています。

ー 農業はご自身で? それともチームを組んで?

僕ひとりです。この暮らし方だととても出荷できるほどの量は作れないので、そちらはそういうのが得意な方にお任せして、ひとりでできる限界の中でやっていきます。今は麦がもうスタートしていて、今年は田植えもしていきたいですね。

風を待つ

ー 自分が「カッコいい」と感じたものの中でインディペンデントに生きるチンさん。今を生きづらく感じている人や自分らしく生きようとしてもうまくいかない人に、チンさんなりの処世術の秘訣みたいなものがあれば教えてもらえますか?

秘訣なんて考えたことないですけど、あえて言うなら、待てるかどうか。でしょうか。

ー 待てるか?

はい。タイミングを待てるかどうかだと思います。公民館の話も、はじめは村の人たちの意見が変わるだなんて想像すらできなかったのが、今は風がこっちに吹いてきたんですよね。

ー 「自分で風を起こしてしまえ」みたいなゴリゴリな考え方もあると思うのですが、そうではないんですね。

たしかにそっちの方が風力は強いですけどね。

ー でも強い分、周りを振り回したり、傷つけたりすることもあるような気がします。チンさんの待つという姿勢は、ものすごくやさしい。

とはいえ、はじめのはじめはこちらから働きかけるんですよ。はじめてバンドに応募した時も、出家するときも、リンゴ農家の木村さんを訪ねる時も、ティム・カーにイラスト書いてもらった時も、「ここぞ!」という時の仕掛けはこちらからです。あとは、時を待つ。

ー 作物も、土を耕して、種を撒いて、水と太陽の光を与えながら、あとは待つだけですもんね。

自我のぶつかりあいや管理的な農法についてお話ししましたけど、これらって、すべて待てない方向なんだと思うんです。やっぱりぼくたちはいろんな存在や生命と関係しあっていて、そのおかげで自分がいる。音楽や農業はそのことを理屈抜きで教えてくれますし、それはすでに仏教が語ってくれていました。


著書『ダンス・イン・ザ・ファーム」では、島暮らしの日常を起点に、都市と田舎、移住者と土着民、土着と近代、そして仏教とフォークロアなど、さまざまな事柄に対して、自ら考え、感じたことを言葉にされています。縁起に生きるチンさんの人柄あふれることばに癒され、大事なことを考えるきっかけにしてみてください。ご購入はミシマ社公式HPより。


中村明珍さん全3回にわたるロングインタビュー。第1回と第2回はこちらから。

▶【第1回】パンクロッカー、僧侶になる(出家編)

▶【第2回】インディペンデントに生きる(島暮らし編)


中村明珍氏 プロフィール

1978年東京生まれ。2013年までロックバンド「銀杏BOYZ」のギタリスト・チン中村として活動。2013年3月末に山口県・周防大島に移住後、真言宗僧侶の傍ら「中村農園」で農業に取り組む。また、農産物の販売とライブイベントなどの企画を行う「寄り道バザール」を夫婦で運営中。著書に『ダンス・イン・ザ・ファーム 周防大島で坊主と農家と他いろいろ』(ミシマ社)、独立研究者の森田真生さんとのインターネットラジオ『生命ラジオ』、地元テレビやラジオなどメディア出演多数。


構成・文 玉川将人

撮影 西内一志