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インドはぐちゃぐちゃ。でもそこが人間臭い-日印往来14年の僧侶・清水良将さんに訊く(前編)
朝ごはんに井戸端会議。
貧しい家の寝室。台所の鍋の中。
YouTubeから流れてくるインドの日常が
あまりにも自然で、おもしろくて、
配信者の清水良将さんにお会いしてきました。
清水さんは浄土宗の僧侶。
年の半分を日本で、
あとの半分をインドで過ごします。
観光ではない、
そこに生きる人だからこそのことば。
インドについて、仏教について、
幸せに生きることについて、
たっぷり語ってくださいました。
「インドはぐちゃぐちゃ。でもそこが人間臭い」
― 良将さんとは、実は今日が「はじめまして」ではないんですよ。
みたいですね。
― 『こころね』にもご登場いただいた、島根県の武田正文さん(浄土真宗本願寺派高善寺)によるYouTubeライブに、なんと私も参加させていただいたんです。
「今こそ仏教」というテーマのディスカッションでしたよね。
― はい。緊急事態宣言がはじめて発令された直後。いまこそ仏教に何ができるのかをなんやかやとお話ししました。約10名のお坊さんに囲まれましたが、そのうちのひとりが良将さん。あれ以来、『りょーしょーチャンネル』をちょくちょく拝見しています。
ありがとうございます。
― お坊さんがなにかありがたい話をするのかと思えば、そうじゃない。インドの日常を淡々と配信されています。
そうですね。
― チャンネル登録が2万2千人。お坊さんYouTuberの中ではトップクラスではないでしょうか。
でも、仏教について話すわけでもないし、僧侶として配信しているわけではないので、単純な比較はできませんよ。
YouTube『Ryosho India /りょーしょーチャンネル』より
― みんな、インドの日常が興味深いのだと思うんです。私も興味深かった。
インドはね、もう、ぐちゃぐちゃですよ。
― ぐちゃぐちゃ⁉
はい。ぐちゃぐちゃですよ。同じ職場のスタッフのお金をくすねる。こんなの当たり前です。
― 当たり前⁉
はい、日常ですね。知らない人にごはんをおごってもらえることもあれば、信頼している人にだまされることもある。インドの一日には喜怒哀楽が「ぎゅっ」と詰まっているので、まあ、疲れますよ(笑)でも、「生きてるなー」って感じがします。
― 職場の同僚のお金をくすねるのが日常だなんて、日本じゃありえない。
信頼する人を見つけるのは難しい。自分がしっかりしてないとね。人任せでは生きていけない社会です。
― はたからの知識では、インドといえば他民族、多言語、他宗教、加えてカースト制度。良将さんの「ぐちゃぐちゃ」ってことばが当てはまるくらいに、もう多様性の極地の印象です。
公用語の英語、そしてヒンドゥー語、さらには地域の方言の、最低3つの言語を習得して、やっとスタートラインに立つ感じです。
― 3言語…。
でも、ことばをまちがえたって平気なんです。だって、インド国内にはたくさんの言語がひしめいていますからね(20以上の言語と1600以上の方言があると言われている)。お互いに知らなくて当然。カタコトの話し方でも誰も笑ったりしない。「お前がんばってんじゃん」って感じです。インドはぐちゃぐちゃなんですが、だからこそお互いを認め合う寛容なところがあります。
― なるほど。
同じ学校の中に異なる宗教の子どもたちがいるのも当たりまえ。お互いが違いを理解しあって、一緒に生活している。
― はい。
ヒンドゥー、イスラム、キリストの各宗教の祝日はインド国内では全部お休みになるんです。だから祝日だらけ。年の半分くらいは学校は休みですよ。
― すごい。半ばうらやましいです。
でも、誰もが「今日は〇〇教のなんのための祝日だよね」って知っている。違いを理解し、認め合う。インド社会全体にそうした土壌がありますね。そこがおもしろい。
インタビューは、阿弥陀如来様など仏さまに見守られる中行われました。(神戸市・安養寺本堂)
普通のインドを知ってほしい。貧しい家の中から鍋の中まで
― 衝撃的な動画がありましてね。良将さんが、貧しい方の家の中に入っていって、台所やら寝室やらを撮ってましたよね。
はいはい。そういう動画、配信しましたね。
― お相手は若い女の人でしたが、あれは「アリ」なんですか?
撮られるのがイヤ、という人もいて、そういう場合はもちろん控えます。ただ、村の中の人たちというのはみんな私のことを知っている。私もみんなのことを知っている。普段からお茶もするし、お参りもするし、悩みを聞くこともある、そういう間柄です。普段からコミュニケーションがとれているから、なんら問題ないんです。本人にも、村長にも、ちゃんと許可を取っています。
― なるほど。
私はネタでやっているわけではなく、ただ、いまのインド、普通のインド、本当のインドを知ってもらいたくてYouTubeをしていて、そのあたりも理解してもらっています。たまにね、私の動画を見てマネする人がいるのですが、絶対にやめてください。場合によっては危険な目にも遭いますよ。
― 鍋のふたもあけて中を見てましたよね(笑)
彼女はもともと物乞いをしてたんです。そして私が「物乞いなんてやめろよ」と声をかけてから仲良くなった。それから何度も会って、話をしたり、家にお邪魔したりしている。特に問題が生じないのは、そういった普段からの関係性ができているからです。
YouTube『Ryosho India /りょーしょーチャンネル』より
― これはYouTubeではないのですが、良将さんのホームページに、ガンジス河のほとりで瞑想する男性の写真がありました。
ああ。あれはサドゥーですね。世捨て人のことです。出家者であり、インドでは聖者として見なされています。気温40度の中、牛のフンを熱い火鉢に置いて燃やして瞑想をしているのです。ガンジス河にはいきなりああいう人が現れます。
― 出家者の瞑想ですか。あんなに近距離でレンズを向けて大丈夫なのですか?
レンズを向けることは普通です。相手も気にしません。日本のプライバシーの感覚と違って、気にしない人が多く、むしろ「撮れ」と言われることが多いです。
― だから、良将さんの動画や写真に出てくる人たちには独特なイキイキしている感じがあるのかもしれないですね。人の表情が豊かなのは、撮る側と撮られる側の壁がないからかな?
そうですね。それがインド人の距離感なのかもしれません。日本人の感覚で見ると私のやってることは失礼ですよ。でも、インドに行ったことある人なら分かると思います。インドはあの感じなのです。
ガンジス河で瞑想するサドゥー(画像提供:清水良将さん 掲載元はコチラ)
ドロップアウトしても生きていける 受け皿としての宗教
― 世捨て人が聖者として見られるなんて、おもしろい文化ですね。
実はインドって、学歴社会。一度失敗するとアウトなんです。
― へえ。
しかもインドは「家族」の範囲がすごく広い。親戚縁者もみんな家族なんです。だから家族の中でひとり出来のいい子が育つと、親戚全員がその子におんぶにだっこになる。そのプレッシャーは相当なものですよ。日本ではあまり知られていないかもしれませんが、若者の自殺者や仕事のストレスがインドの社会問題の一つです。
― そうですか。
ただインドに救いがあるのは、受け皿としての宗教があること。ヨガや瞑想は当たり前のように定着していますし、万が一ドロップアウトしたって生きていける。サドゥーはまさにそのシンボルだと言えます。
― 良将さんが携わる仏心寺も、まさにその受け皿としてある。
そうです。学校に通えない子どもたちのために無料でスクールを開いています。
― 仏教寺院ですが、そこに集まる子どもたちもやっぱり他宗教ですか?
はい。仏教寺院が運営しているのですが、布教が目的ではないですからね。子どもたちはあくまでも「村の勉強するところ」程度でとらえています。でも、お寺の中の仏さまの前を通るときは、みんなが地面に手を付けて礼拝します。ヒンドゥー教は日本でいう八百万の神さまを信仰しているようなところがあり、宗教こそ変われどそこにいるのは神様なんだと、きちんと他宗の神様に敬意を表していますよ。
インド・ブッダガヤにある仏心寺全景(画像提供:清水良将さん)
仏心寺にて(画像提供:清水良将さん)
― 共助への取り組みが活発なように思います。
人口が多いインドでは、政府や役所の公助が足りない分、仲間同士で助け合います。薬代や病院代がない人にはお金も貸しますし、インドのスタートアップ企業なんてコロナ禍を乗り越えるために無料でアプリを開発したりします。社会貢献に対しての取り組みにためらいがない。「困っている人がいるんだから、助けろよ」って感じです。
― しかも最後は世捨て人でも生きていける風土がある。一方でやさしくて寛容なのに、一方で仲間同士でお金をくすねあう。本当にぐちゃぐちゃで、インド、理解できないです。
そうですね(笑) でも、それがインドなんです。
仏教の発祥地・インドと日本を行き来して14年になる清水良将さん。
後半では、日本仏教とインド仏教の違い、さらには私たちが幸せに生きていくための心構えについてお話しいただきました。
後編はこちらから!
清水良将さんが手掛けるYouTube動画は2つあります。
▶インドの日常を垣間見る「りょーしょーチャンネル」はこちらから。インドの生の生活を垣間見れます。
▶毎日夕方6時からお経を配信する「りょーしょーお寺チャンネル」はこちらから。良将さんの心地よくも重厚感あるお経の響きが、一日の疲れを癒してくれます。
▶良将さんが活動するインド仏心寺はこちらから。
▶神戸市安養寺はこちらから。
▶良将さんTwitterはこちらから。
▶良将さんが一眼レフ撮影した写真のポートフォリオ。とっても素敵です。こちらから。
構成・文 玉川将人
撮影 西内一志