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“一緒にいる”ことの安心を感じられるお寺|播州西国霊場巡りの旅~播州清水寺篇
日本最古の巡礼旅
西国三十三所観音霊場。
兵庫県西部の播州地方には
3つの札所寺院があります。
今回お参りしたのは
加東市にある25番札所
播州清水寺です。
標高552メートルの山上に
広がる澄み渡る空気。
1800年の歴史を持ち
時代を超えて
地域の人々に信仰され
語り継がれてきたお寺。
お参りしてみると
だれかと一緒にいることの
喜びを感じられる仕掛けが
あちらこちらに見られます。
「大切な人とお参りしたい」
「この魅力をシェアしたい」
思わずそう思わせてくれる
播州清水寺の魅力を
たっぷりとご紹介いたします。
創建1800年は、仏教伝来よりもはるか前
御嶽山清水寺。
寺伝によると、その歴史は1800年前の古墳時代まで遡り、古代インドの僧、法道仙人によって開かれたとされています。仏教が日本に伝わったのが約1500年前なので、この伝説が史実に基づいているかどうかは不明です。
郷土史家の堀内和男氏も、著書の中で次のように綴っています。
『御嶽山清水寺縁起』については昔から多くの伝承、伝説があります。これらの資料を整理してそこから一つの真実を導き出すことはまず不可能なことでしょう。
(堀内和男『播磨国御嶽山清水寺』より)
数多くの伝承や伝説に織り交ぜられながらも、寺の起こりが時代を超えて現代まで語り継がれているということは、それだけこの御嶽山が古くから信仰の山として、地域の人々に大切にされてきたことを示しています。
実在の定かでない法道仙人ですが、その伝承は播州清水寺に限らず、26番札所の法華山一乗寺(加西市)をはじめ、加古川流域の百を超える寺の寺伝に見られるそうです。
また、観音霊場として知られるお寺ですが、『今昔物語集』では地蔵菩薩の霊場と伝えられています。
北播磨の人たちに親しみを込めて「きよみずさん」と呼ばれ続けてきた播州清水寺は、歴史すらかすんでしまうほどに、あらゆる時代の人々に語られ続けているのです。
推古・聖武両帝による二大伽藍
播州清水寺には2つの大きな本堂があります。
推古天皇創建「根本中堂」
ひとつは階段を80段ほど登った先にある「根本中堂」。聖徳太子の叔母で、日本最古の女性天皇である推古天皇の勅願によって建立されました。
御本尊は十一面観世音菩薩。法道仙人が自ら彫り上げたとされる仏像は秘仏として厨子の中に祀られており、普段は御前立(本尊の身代わりとしての仏像)が安置されています。
根本中堂の特徴は「天台造」と呼ばれる建築様式。内陣が谷底のように低く下がり、仏さまと参拝者が同じ目線になるよう設計されています。
天台宗の総本山である比叡山延暦寺の根本中堂も同じ構造になっており、僧侶が読経する内陣は「修行の谷間」とも言われているのだそうです。
根本中堂は、外陣から内陣を見下ろす「天台造」で造られている。
内陣側からの光景(許可を得て撮影しています)
聖武天皇創建「大講堂」
もうひとつの「大講堂」は、東大寺大仏の建立で知られる聖武天皇が行基菩薩に勅願して建立したものです。
ご本尊は十一面千手観世音菩薩。この大講堂が西国三十三所霊場の札所であることから、外陣には納経所があるだけでなく、さまざまな仏具やオリジナルグッズが販売されています。
大講堂を外陣から。
内陣中央にはご本尊の十一面千手観世音菩薩。向かって右に毘沙門天、左に地蔵菩薩が祀られている。
外陣の向かって左側には、納経所がある。
「奉拝 大講堂 播州清水寺」と書かれる。
観音さまのお慈悲とは
播州清水寺には、根本中堂に十一面観世音菩薩さま、大講堂に十一面千手観世音菩薩さまが祀られています。
古くから人々の信仰を集めてきた観音さまとは、いったいどんな仏さまなのでしょうか。清水谷善誠住職にお話しを伺いました。
「観世音菩薩は、“音を観る”と書くように、人々の心の声をしっかりを受け止めて下さるありがたい仏さまです。心の底から観音さまにお祈りすると、どんな苦難からも救って下さるとお経に説かれています。ただし、ただ祈ればいいというものではなく、しっかりとした信仰心を持たなければなりません」
播州清水寺住職 清水谷善誠師
清水谷住職によると、播州清水寺の2つの本堂にはそれぞれの意味があるのだそうです。
「根本中堂は修行や祈願の場です」と清水谷住職。いまを生きるわたしたちがより良く生きるために自身を見つめる場と言えるのかもしれません。
ご本尊の11の表情、22の目が、まるでこちらの心の中までをも見据えてくるような気がします。
根本中堂の御前立「十一面観世音菩薩」。法道仙人が刻んだとされる本尊は秘仏として、30年に一度の御開帳以外は、厨子の中で祀られている。
一方、大講堂は回向の場、つまり家族や先祖の供養のための場所なのだそうです。
こちらのご本尊はいわゆる「千手観音さま」。千にも及ぶ無数の慈悲の手で、亡き人を極楽浄土まで導き、大切な人との別れに苦しむわたしたちを救って下さるかのようです。
大講堂の本尊「十一面千手観世音菩薩」。身体からは千の(=たくさんの)手を伸ばし、頭の上に11の顔を冠している。
だれかと一緒に来たくなるお寺
それでは、ここからは、播州清水寺の広報担当・丸山祐理子さんとともに、境内をくまなく散策します。
播州清水寺の丸山さん。おすすめの授与品「福手御守」を手に持って。
ひそかに人気を集めているオリジナルTシャツ。速乾性素材の着心地がよく、職員たちのユニフォームにもなっている。
清らかな山の空気と、四季折々の草花
取材にお邪魔したのは2024年5月11日。すがすがしい新緑の空気に参拝者の心が洗われます。
しかも、この日は特別に開門時間より早くお参りさせていただきました。
「夜から朝にかけて清められた山の空気は格別ですよ」と丸山さん。
緑に色づくモミジのすき間から朝日が差し込む。
新緑に思わずレンズを向ける参拝客
播州清水寺の魅力は、四季折々に色鮮やかに咲き誇るお花たち。「もうちょっと早く来てもらえたら、シャクナゲのお花がきれいだったんですよー」と残念がる丸山さん。それでも、赤やピンクや紫のシャクナゲがきれいに咲いていました。
境内のあちこちに咲くシャクナゲは、4月から5月にかけて清水寺を鮮やかに彩る。
紫の花を咲かせているのは「クリンソウ」。九輪とは、仏塔の頂上部に置かれる9つの輪っかの装飾のこと。お寺に咲く草花としてピッタリなお花です。
クリンソウ
寺号の由来となる「おかげの井戸」
根本中堂の奥を進んでいくと、萱ぶきの井戸屋形が目を引きます。
看板には「滾浄水(おかげの井戸)」と書かれており、なんでも井戸を覗き込んで自分の顔をうつしたら寿命が3年延びると言い伝えられているそうです。
丸山さんは「このあたりはもともと水が乏しい地域だったみたいですが、1800年前にこの山を開かれた法道仙人が水神にお祈りしたところ、水が湧き出てきたのだそうです」と話します。まさに、清水寺という名前の由来となった井戸なのです。
滾浄水(おかげの井戸)
お母さんと一緒。子安地蔵さま
地蔵堂には子安地蔵さまが祀られています。『今昔物語集』にもあるように、播州清水寺は地蔵信仰の霊場としても知られていたようです。
地蔵菩薩は、地獄の底に堕ちたものでも必ず救ってくださるありがたい仏さま。日本では、特に子どもを守る存在として古くから篤い信仰を集めています。
こちらの木彫りのお地蔵さまは、昭和12年に東京芸術大学名誉教授の菅原安男氏が手がけたものです。
地蔵堂。ご本尊を中心に参詣者が持ち寄ったさまざまなお地蔵さまが三方の雛壇に安置される。
菅原安男氏による地蔵菩薩像。
やさしくも静謐を湛える子安地蔵さまの表情と、その慈悲に抱かれて手のひらを合わせる子の姿。そんな姿に手を合わせていると、思わず母と一緒にいることのなつかしさや、子と一緒にいることのあたたかさがあふれ出てきたのはわたしだけでしょうか。
フォロワーと一緒。薬師堂の十二神将
薬師堂には、御本尊である薬師如来と、眷属(本尊を守護する配下のこと)である十二神将が祀られています。
薬師如来は、正式には「薬師瑠璃光如来」と呼ばれます。「薬」の文字があてがわれている通り、病気を平癒し、健康を守って下さる仏さまとして、日本に仏教が伝えられた初期から信仰されています。
このお堂の特徴は、薬師如来に仕える十二神将たち。堂内の三方壁に取り付けられて、参拝者を見下ろす姿が、とてもユニークでかわいらしいのです。
薬師堂。中央に薬師如来坐像。三方の壁に十二神将が取り付けられている。
こちらを手がけたのは、奈良県のマスコット「せんとくん」の制作者で知られる籔内佐斗司さん(東京芸術大学大学院教授)。キャラクターデザインの愛くるしさと、小壁に上半身だけを取り付けるという発想に驚きます。
薬師堂に足を踏み入れた人の多くは、スマホを十二神将に向けています。丸山さんによると、「SNSで知ったという人も多く、播州清水寺随一の人気スポットになっているんですよ」とのこと。
SNSでいつでもどこでもつながれる時代。十二神将の愛くるしい表情は、スマホ越しに、あなたのフォロワーたちの心も一緒に、ほっこりさせてくれることでしょう。
薮内佐斗司さんによる十二神将。それぞれ干支があてがわれ、造形も干支の動物がモチーフとなっている。左から、午、未、申。
仲間やパートナーといたわり合う。引退ポスト
SNSの映えスポットとして知られる「引退ポスト」。播州清水寺と言えばこちらを思い出す人も少なくないのでは?
戦前から使われていたこの郵便ポストも、いまとなってはお役御免。それを約20年前に先代住職・清水谷善英さんがいまの場所に置き、以来お寺の名所のひとつになっています。
引退ポスト。くすむ朱色、苔むす土や岩肌。その佇まいに、趣深い風情を感じる。
「どうしてこのポストが映えるのだろうか」としばらく考えていると、「郷愁を帯びたポストの佇まいに、思わず自身を重ねてしまうからなのでは?」という考えが思い浮かびました。
たとえば定年退職を迎えた方は、会社の同僚だった仲間と、あるいは二人三脚で歩んできたご夫婦と、ともにここを訪れ、これまでの半生をいたわり合うのもいいかもしれません。
くすんだ朱色と、足元に広がる苔の深い緑が、年月を重ねることの郷愁とやさしさを感じさせてくれます。
ワンコと一緒。ドッグランのあるお寺
播州清水寺は、ワンコとお出かけできるお寺として愛犬家たちに知られているお寺です。
播州清水寺のドッグランスペース
ペットも家族です。この日も、たくさんの人たちが犬を連れてお参りしていました。
どうしてお寺にドッグランが? そのいきさつを清水谷住職に訊いてみると、もともと播州清水寺には犬を連れたお参りの方が多かったのだそうです。
「人間はもちろんのこと、さまざまな命に開かれたお寺にしたい」「愛犬家の方々にももっとお寺に気軽にお参りできるきっかけにしてほしい」との想いから、約10年前にドッグランをオープン。以降、犬連れのお参りの方がさらに増えたとのことです。
取材当日、ワンコと一緒に登山道を登ってきた方も。
古の先人と一緒。片道40分の山登り
播州清水寺は、軽登山にも最適です。健脚な方であれば片道40分程度で山門までたどりつけます。
登山口から山門までは、比較的ゆるやかな山道が続きます。山の空気を存分に味わうことができます。
ゲート手前の駐車場に車を止めて、登山口を進む。
坂道は比較的なだらか。軽装備でも充分にお寺を目指せる。
いまでこそ舗装された道路で山頂までたどりつけますが、それまでは西国霊場屈指の難所として知られた播州清水寺。古来は「五谷五道」と呼ばれ、5つの登山道があったのだそうです。
道々にはさまざまな道しるべや地蔵尊、古墓が今も残っています。昔の人たちも同じようにこの道を汗をかきながら登って行ったのだなあと、古の先人たちの姿が眼前に広がります。
等間隔に置かれる「丁石」はナゴヤからの寄進。古くからの巡礼道として全国各地からの信仰を集めている。
かつてはだれもがこの山道から本堂を目指した。
登拝の最後の階段途中に仁王門があったが、昭和40年の台風によって全壊を余儀なくされた。現在は、門を支えた礎石(丸い形の石が左右に6つずつ埋まっている)だけがその姿を残している。
参拝者をやさしく迎える清水茶屋
お参りを終えた人たちをやさしく迎え入れてくれる清水茶屋。
長年こちらの茶屋をきりもりする神田政子さんと大畑かすみさん。しいたけ茶をふるまいながら、明るく和やかに参拝者に声をかけている姿がなんとも印象的です。
お寺を支えるのは伽藍や僧侶だけではありません。お寺の周りにいるこうした人たちとの心温まるふれあいが、播州清水寺をより魅力的にしてくれます。
神田政子さん(手前)と、大畑かすみさん(奥)。おすすめのおみやげは瓦せんべいとのこと。
「ワンちゃん連れのお客様も多いですよ」と丸山さん。
巡礼者は全国から
たくさんの参拝客の中でも、ひときわ目立つ巡礼服姿の3人。話を聞いてみると、なんと愛媛県松山市からのお参りだとのこと。
四国は、西国三十三所霊場と並ぶ巡礼道、四国八十八箇所霊場がある土地です。
毎年四国を一周している高岡芳男さん。4年に一度の「逆打ち」の年だけは、四国以外の巡礼道をお参りするそうです。
「播州清水寺はいかがですか?」という問いに「境内の新緑がとてもすがすがしくて、道もきれいに整備されている。山やお寺を管理されている方々に頭が下がります」と答えて下さいました。
「巡礼すると心が洗われますよ」と笑顔で語りながら、次の26番の法華山一乗寺(加西市)、27番の書写山圓教寺(姫路市)へと向かいました。
高岡芳男さんとそのご家族。
播州清水寺で、大切な人と“一緒に”いることの喜びを感じませんか?
いかがでしたでしょうか。播州清水寺は、古くからの信仰を集める霊山古刹でありながら、気軽に立ち寄れて心がリフレッシュできるパワースポットです。
観世音菩薩さまは、見えない「声」に耳を傾けてくれる仏さま。わたしたちのそばにいつも一緒にいてくれる仏さまです。
そんな観音さまを拝みに、ご家族と、大切な方と、かわいいワンコと、フォロワーと、一緒にお参りしてみませんか。そして、大切な亡き人や、仏さまの存在を身近に感じてみませんか。
“一緒に”を感じられるきっかけが、境内のあちらこちらで見つけられるはずです。
播州清水寺の豊かな自然の中で、あなたの中にいる仏さまとのひと時を大切な人と一緒にお過ごしください。
▶播州清水寺公式ウェブサイトはこちらから。
▶播州清水寺公式Instagramはこちらから。四季折々の自然がとっても素敵です。