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お坊さんに訊く天台宗【教え・歴史編】~1200年続く最澄と比叡山の魅力~ 正明寺・小林恵俊さん
「うちの宗派ってなんだっけ?」
「なんで仏教にはたくさん宗派があるの?」
素心のお客様からも
こうしたお声をよくいただきます。
ネットで検索してみても
なんだか分かったような
分からないような…。
そこで『こころね』では
「お坊さんに訊く宗派シリーズ」を企画。
それぞれの宗派のお坊さんに
素朴な疑問をどんどんぶつけていきます。
第1弾は
「日本仏教の母」と呼ばれて久しい
天台宗です。
YouTubeやTikTokでおなじみの
姫路市・正明寺の副住職
小林恵俊さんに詳しく伺いました。
何となく知っている方も
何から何まで分からない方も
この記事を読んでいただくことで
天台宗についてより詳しくなれますよ。
前編は【教え・歴史編】です
Q 天台宗の「天台」ってなに?
― 天台宗と言えば最澄様だと日本史でも習いましたが、実はもともとは中国で始まった宗派なのですよね?
はい。天台大師智顗という偉いお坊さんが始められた宗派です。
ー どうして「天台宗」という名前なのですか?
智顗様が天台山と呼ばれる山で修行をしておられ、当時の皇帝から「天台大師」という称号をいただきました。その天台大師の教えに基づいて修行をしていく、ということで「天台宗」と呼ばれます。
ー 天台山で天台大師が開いた宗派だから天台宗。最澄様が天台宗を開いたわけではなかったのですね。
そうです。最澄様は中国から持ち帰った天台宗の教えを日本に伝えた方です。ちなみに最澄様は日本の天皇から「伝教大師」の称号を授かっています。
ー 教えを伝えるから、「伝教」大師なのですね。
はい。
ー 最澄様は、はじめから天台宗の教えを学ぶつもりで中国に渡ったのですか? それとも中国に渡ってから天台宗に出会ったのですか?
前者です。日本にいながら天台教学に感銘を受けていたそうです。
天台大師の言葉がまとめられた本を見せて下さる恵俊さん
ー 最澄様は、天台宗の教えのどのあたりに惹かれたのでしょうか?
最澄様が生まれる200年も前に、中国の智顗様はたくさんある仏教のお経の中で『法華経』が最上の経典だと考えました。『法華経』には、人は誰もがみな菩薩で、やがて仏になれると説かれています。
ー 菩薩とは、どういった存在かを分かりやすく教えてもらえますか?
はい。菩薩とは自らは悟りを開こうと努力をし、他方で苦しんでいる人に救いの手を差し伸べる存在のことです。
『法華経』は、天台宗だけでなく日本の大乗仏教の根幹となる大切なお経。
ー 菩薩って、地蔵菩薩とか、観世音菩薩とか、そういう仏さまのことを表しているだけではないのですね。
「菩薩行」という言葉もありますが、菩薩としての生き方は、誰でも実践できることだと思います。
ー なるほどです。いま流行りの「ギバー」っていう考え方(※人に惜しみなく与える人のこと)も菩薩行と重なりますね。では、最澄様はどうしてお坊さんになったのでしょうか?
幼いころからかなり優秀だったみたいで、両親の勧めで出家されたそうです。
― 親が勝手にジャニーズに履歴書を送りつける、そんな感じですか?
その辺は分からないですが、ご両親も神仏を深く信仰する人だったそうですよ。
― いずれにせよ、日本で天台教学を学び、「天台山に登るぞ!」と心に決めて中国に渡ったのですね。
はい。
Q 法華経、密教、禅、念仏。天台宗は「何でもやる派」?
ー 他の宗派の場合、真言宗は護摩、禅宗は坐禅、浄土系は念仏、法華系はお題目という感じで、宗派とその修行のさまがイメージしやすいのですが、天台宗っていまいち分かりづらくて…。
よく言われます。天台宗では、法華経の教えを学ぶだけでなく、禅も、念仏も、護摩も、全部しますから。
ー 恵俊さんも動画で取り上げていましたよね。
はい。
天台宗についてとても分かりやすい解説動画。初心者の方におススメです!「はじめての天台宗 比叡山・最澄・一隅を照らす」YouTubeチャンネル『僧侶えしゅんのサメに説法』より
ー もともと智顗様が「何でもやる派」の方だったのですか? それとも、中国の天台教学に引っ付ける形で最澄様がオリジナルとして「何でもやる派」にしていったのですか?
うーん…。基本的には前者ですね。密教はあとから融合していったものだと思われますけど、それ以外はもともと融合していたのです。
ー もともと融合していた?
はい。融合させたのではなく、していた。法華経も、禅も、念仏も、するのが当然というか…。「仏教って、そういうもんだよね」って感じだったはずです。
ー かつての仏教はそもそも総合的なものだったのですね。今の時代だと、坐禅は禅宗、念仏は浄土系という感じで特化しているので、逆に天台宗の総合的な部分が強調されがちなのかもしれませんね。
仏教だから、法華経も読むし、念仏も称えるし、坐禅もするよねっていう感じだったようです。実際に智顗様は禅の大家でしたから。
Q 天台宗は、日本仏教のお母さん?
ー 「何でもやる派」の天台宗ですから、たくさんのお坊さんが比叡山から巣立って自らの宗派を立ち上げていきましたよね。
そうですね。念仏の教えを大事にした法然上人(浄土宗)や親鸞聖人(浄土真宗)、禅の教えに特化した栄西禅師(臨済宗)や道元禅師(曹洞宗)、そして『法華経』の教えをさらにおし進めた日蓮上人(日蓮宗)など、鎌倉新仏教を切り開いた方々が特に有名です。
ー 日本史でおなじみのすごい方々です。さすが、「日本仏教の母山」です。
でも、正直そんなにきれいなものじゃないようなところもあって…。
ー と、言いますと。
そうですね。各宗派の祖師たちは比叡山で満たされないものがあったからこそ山を降りたわけですから…。
ー はい。
その後、比叡山側が鎌倉新仏教に対して弾圧的なことを行ったという事実もあるので、決して「母」というほどにきれいなものだけではなかったはずです。
Q 中世の比叡山と信長の焼き討ちをどう思う?
ー 中世の比叡山って、経済力と軍事力の面でかなり大きな勢力になり、最終的には織田信長の焼き討ちにあってしまいますよね。
はい。
ー この時期の比叡山を、現役の天台宗僧侶としてどのように受け止めていますか?
実際に仏教のあり方としておかしかった面もあります。ただ、今の私たちから見たらおかしいと感じられても、当時の人たちがそれをどう思っていたかというと、これはもう計り知れないです。
ー 現代の価値基準では計れないところがありますもんね。
その上で、間違っていたことは反省しないといけませんし、過去をなかったものにしてはいけません。今はもちろん僧兵なんていませんが、あの頃があって今があるのだ、ということは忘れてはいけないと思っています。
恵俊さんが織田信長について語った動画「比叡山の人は焼き討ちで織田信長を恨んでいますか?」YouTubeチャンネル『僧侶えしゅんのサメに説法』より
Q 天台宗が現代まで続く理由は?
ー 肥大化や焼き討ちという紆余曲折を経て、それでも天台宗が現代にまで続いているのは、なぜだと思いますか?
そうですね…。きっと教えがきちんとしているからではないでしょうか。
ー 最澄様の説く、法華経、そして菩薩としての生き方、ですか?
はい。加えて比叡山という山自体の魅力もあるのかなと思います。
ー 山の魅力?
比叡山は昔から霊峰として、天台宗の総本山となる前から信仰を集めていた山です。そこにいる僧侶があれこれあったとしても、山そのものは変わらないのではないかと。
ー なるほど。
信長の焼き討ちのあと、比叡山が復興を果たすにはたくさんの人の支えがあったと言われていますし、僧侶の生活を正さないといけないという風潮もあったそうです。天台宗の教えを引き継いでいこうという人たちがいたからこそ、天台宗は現代まで続いているのだと思います。教えを伝えていくのは人でしかないですからね。
ー 教えを伝える。まさに、伝教大師と呼ばれる最澄様の神髄ですね。
はい。
Q 最澄様の魅力は?
ー 恵俊さんから見て、どのあたりに最澄様の魅力を感じますか?
うーん、そうですね…。たくさんあるのですが、お坊さんを育てることに尽力された方で、そのための制度作りに奔走された、そのあたりでしょうか。特に戒壇院の設立には大変苦労されたそうです。
ー 戒壇院とは何ですか?
出家者が正式な僧侶となるための戒律を授けるための施設で、当時は奈良の東大寺など国内に数カ所しかなかったのを、新たに比叡山に作られたのです。そのおかげで鎌倉新仏教の祖師をはじめ、たくさんのお坊さんが輩出されました。
ー 恵俊さんも、そのうちの一人、ですよね。
恐れ多くもそうなります。
ー 1200年という歳月を超えてなお、現在進行形で日本社会に影響を及ぼされている。本当にすごいことです。
昨年(2021年)、最澄様の1200年大遠忌が営まれました。亡くなって1200年経って法事をしてもらえるだなんて、普通あり得ないですよね。
ー いや、ほんと。せいぜい33回忌とか、それくらいです。
1200年経ってもまだまだそのご遺徳が人々に偲ばれる。偉人と呼ばれるに値する方だと思います。
ー まさに、日本仏教の礎が、比叡山であり、天台宗なのだということがよく分かりました。ありがとうございます。
ありがとうございます。
比叡山の僧兵や信長の焼き討ちなど、話しづらい内容についてもお答えいただいた恵俊さん。本当にありがとうございます。
後編【仏事・仏具編】では、天台宗の仏事について、実際におうちの方が何を準備しなければいけないか、どういう心構えをすればいいかなどを詳しくお伺いしました。お楽しみに!
小林恵俊さんの手掛けるYouTube、TikTokはこちらから!
Twitterからも積極的に配信されています。
YouTube「僧侶えしゅんのサメに説法」
TikTok「えしゅんお寺の1分法話」
Twitter @esyunsyomyoji
正明寺HP(姫路市:天台宗)
構成・取材・撮影・文 玉川将人