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2026.04.21

禅と密教が融けあう神域|善寿寺住職・小川由晃師ロングインタビュー(後編)

禅と密教が融けあう神域|善寿寺住職・小川由晃師ロングインタビュー(後編)

「ただ坐れ」の禅
「煩悩を燃やせ」の密教

交わることのない2つの教えを
たったひとりの尼僧によって
融合してしまった神域
それが、善寿寺です。

圧倒的なカリスマである
師「庵主さん」の志を受け継ぐ
第16世住職・小川由晃師。

彼を求める人は後を絶たず
今や面談・祈祷は半年待ち。
多忙を極める中での独占インタビュー。

庵主さんのこと
自身の出家のいきさつ
そしてこれからの善寿寺について

龍とともに生きる由晃さんの
ロングインタビュー後編です。

※本編では、読者のみなさまにも小川住職のお人柄を身近に感じていただけるよう、お檀家さんや信者さんから呼ばれている愛称そのままに、「由晃さん」と記載します。

※前編『姫路が誇る圧巻の龍神堂で運気の上げ方を学ぶ』がまだの方はこちらから。

禅寺が護摩を焚くまで

—― 善寿寺にお参りしてはじめに思ったのは、「どうして、禅宗のお寺なのに祈願や護摩をされているのだろう?」という疑問と驚きでした。曹洞宗の寺院としては、極めて異例のことですよね。弘法大師の仏像もお祀りされていますし、真言宗のお寺なのかなと感じたほどです。

善寿寺は曹洞宗のお寺で、「禅宗」に括られます。たしかに、護摩を焚く禅宗寺院というのは珍しいでしょう。

—― 曹洞宗は「只管打座しかんだざ」。ただ坐禅をしろという教えですよね。一方で、真言密教は煩悩を生きるエネルギーに変えていく「大楽金剛だいらくこんごう」の教え。真逆のスタイルのように思えます。

善寿寺はもともと天台宗のお寺として始まりました。1590年ころに、書写山・円教寺で15年修行された法悦信道大和尚が小さな庵として開かれたのが始まりです。その後、宗派を曹洞宗に変えるのですが、境内から弘法大師のお像が見つかったことから、真言宗の時代もあったのでは、という説もあります。

—― なるほど。歴史としては、天台や真言といった密教寺院として始まったのですね。

私の師匠である先代の庵主さん(第15世大原弘盟尼大和尚)も、禅宗の尼僧として修行をされて、この善寿寺に入られました。ところが、ある時期、小豆島で坐禅にふさわしい行場(修行のための場所)を探しておられた時に、不思議なご縁に導かれて、龍神さまとつながるわけです。

由晃さんの師匠である先代住職・大原弘盟尼大和尚。

「庵主さん」の遺影はいまも本堂に飾られ、お参りの人があとを絶たない。

—― 不思議なご縁とは?

小豆島でたまたま出会った密教僧から、行場として「弘法の滝」を勧められたのです。庵主さんは禅宗のお坊さんですから、これまで滝行なんてしたことなんてありませんが、「せっかくだから」と、滝に打たれたのですね。そこで、龍神さまの声が聴こえてきたそうです。

—― どんな声が?

「我は八大龍王の分身なり。叉伽羅龍王の分身なり。仏法を守護し、山門を擁護し、一切衆生を利益せんがために、汝の寺の鎮守とならん。十二月八日、我を迎うべし」と。

—― まさに前編でお話されていた「善寿寺とご本尊をお守りします」という、龍神さまのナンバー2としての誓いですね。

そんなことばを聴いてしまったら、庵主さんとしてはもうお迎えしないわけにはいきません。一部始終を密教僧の方に話し、分魂わけみたまの儀式をしてもらい、龍神さまの御霊を善寿寺に持ち帰られたのです。

—― 龍神さまの誓いと庵主さんの覚悟がひとつに結ばれたのですね。でも、龍神さまを拝むだけでもよさそうなのに、庵主さんはどうして護摩まで焚かれたのでしょうか?

龍神さまが願われたからだそうです。「護摩を焚け護摩を焚け。汝、我を活かしたいのなら火を焚かなあかん。手を合わすだけじゃ力を発揮できない」と言われ続けたそうです。20年間も。

—― 20年⁉

それほどまでに龍神さまから強く「火」を求められ、庵主さんもついに腹をくくられたのでしょう。

―― でも、曹洞宗には護摩の修行なんてないですよね。

はい。なので庵主さんは真言密教の聖地・高野山に上り、100日間の修行をして、護摩の法を修められたのです。そこから、善寿寺にお参りする信者さんが増えだしたと言います。

庵主さんから始まる善寿寺の護摩修法は、由晃さんに受け継がれている。

庵主さんに弟子入りした理由

—― 庵主さんについては、宗教学者の町田宗鳳さんによるインタビュー本『観音の光に包まれて』にくわしく紹介されていますが、その中で由晃さんについても語られています。由晃さんが庵主さんに弟子入りされたいきさつは?

私も小さい時から、龍神さまとのご縁をいただいていました。龍が空を飛んだり、鳥居に巻き付いているのが見えたり……それが当たり前のことと思っていたほどです。

—― そうでしたか。

とにかく龍が大好きで。夢の中でも数えきれないくらいに龍の背中に乗って姫路の上空を飛び回っていましたし、旅先のお土産も龍のものばかりでそれを大事に拝んでいました。夏休みの課題も龍の絵しか描かない。親からは「頭おかしいんちゃうか」とよく言われたものです(笑)

—― じゃあ、幼い頃から仏道に進もうと決めていた?

いやいや。若い時は寺に入るなんて全然考えていませんでした。会社員として働いて、仕事は上手くいってたんです。でも、どうやっても苦しいし、満たされない。

—― それは、なぜ?

私は気が強い人間なので、部下への当たりがきつくて、すぐに辞めさせてしまったり。業績がよくても、「もっともっと」と際限がないですし、逆に売上が少しでも落ちるとものすごい不安に襲われますし。

—― 上手くいっているけど、満たされないんですね。

はい。そんな時にある知人から「姫路に龍を祀っているすごいお寺がある」と連れて来られたのが、善寿寺でした。

庵主さんの肖像画を背に語る由晃さん。在家時代の苦しかった時代を思い出し、ことばを絞り出す。

—― はじめて訪れた善寿寺。どんな印象を受けられましたか?

いやもう、印象も何も……。庵主さんが私を見て開口一番「あんたあ、家、お寺?」って聞いてくるんです。

—― ほお。

「ちゃいます。ただの会社員です」と否定すると、目を丸くしてまじまじ私を見て、「まあ、あんた、なんで背中に赤い龍神さん連れてるん」と言われるんです。「龍神さんの縁が強い人やなあ」と驚かれるんですね。

—― これまでずっと龍神さまと親しくしていた由晃青年にとっては、奇跡的な出会いの瞬間ですね。

そして庵主さんは「あんた会社で働いている場合とちゃうで、坊さんやで。坊さんになった方があんた幸せになれるで。観音さまが、この寺の跡継ぎはあんたやと言ってはる。あんたが望もうと望むまいと、多分そうなるわ」と。

—― 鳥肌が立ちますね。

それから庵主さんはしきりに私に電話をくれるんです。「坊さんにならんかね」「あんたは坊さんになった方が幸せになる」というようなことを延々言われるんですね。手紙も毎日のようにいただきました。

—― 庵主さんの行動力にも、凄みを感じます。

おだやかな語りで、華奢な方でしたけど、エネルギーがずば抜けたお方でした。ある時、こう言われたんですね。

「坊さんになった方が楽やで、過去のことも、未来のことも、なんにも考えんでええ。毎日おんなじこと考えて、おんなじ服を着て、おんなじことをしといたらええ。人間の生き方は足し算ちゃうで、引き算やで。本来無一物。仏さまにみな任せといたら、まあ楽じゃから」と。

—― まさに、禅の教えですね。

このことばが響きました。上に上にと成長ばかりを追い求めるのではなく、ただただ無に向かう。足し算ではなく引き算。会社での業績や人間関係、そうした一つひとつが小さく感じられるようになり、庵主さんのもとでがんばってみたいと思ったんです。

—― そうでしたか。

そこからは、もう命をすべて庵主さんに託しましたけど、庵主さんはとにかく怒らない方です。「怒り方を知らへんから怒らんだけ」と、サラッと言ってのけます。

—― 境地に達しておられますね。

教えを積み上げるというよりは、逆説の価値観を示して下さいました。きらいな物を無理やり食べさせるのではなく、見方を変えて食べられるようにする感じですかね。苦手なものを受け入れられるようにして下さる、その受け入れの力がすさまじいです。その愛情たるや、どんなものをも否定しないエネルギーたるや。

—― ぜひ一度お会いしたかった方です。

Aさんがこう言ったら「ああ、こうかねえ」と。Bさんがそうと言ったら「ああ、そうかねえ」と。どんなことも腹を立てるのでなく受け入れることで、みんなを丸く納める。これが仏教だ、禅の教えだ、と言うんです。

大原弘盟・町田宗鳳『観音の光に包まれて』(春秋社)。庵主さんの半生やお寺の歩みについて語られている、善寿寺ファンにとってのバイブル。筆者も何度も読みましたが、掛け値なしの名著です。

密教と禅 善寿寺が目指す姿

—― 改めて、庵主さんのことばに禅の神髄を感じます。そして、その庵主さんが、お寺では毎朝護摩を焚かれていた。これが善寿寺スタイルなのですね。

仰るとおりです。

—― 天台・真言の時代があり、曹洞宗に転派し、廃寺となった時期もありながら、お寺の歴史を包摂するかのように、禅と密教で善寿寺を再興された庵主さん。その尊い足跡を、次は由晃さんが受け継いでいかれるわけですね。これからの善寿寺をどうしていきたいとお考えですか?

私自身、「引き算の禅」と「足し算の密教」をひとりで融合させてしまった庵主さんの教えを、もっと分かりやすく伝えていきたいという想いがあります。

—― いまも善寿寺にはたくさんの方がお参りに駆けつけます。私が感じるに、庵主さんの遺徳を慕うだけでなく、由晃さんご自身が放つ熱源のような生命力に引き寄せられているのではないでしょうか。

ありがたいことです。玉川さん、お寺には山号というものがありますよね。

—― はい。「比叡山延暦寺」「高野山金剛峰寺」「吉祥山永平寺」といった感じですよね。

善寿寺の山号は「普門山」です。つまり、普く人、どんな人でも仏さまとのご縁をつなぐ入り口となるのが、善寿寺の役目だと考えています。宗派や属性を問わず、あらゆる人々の受け皿となるのが、善寿寺のあるべき姿です。

—― 「普く」という響きに、善寿寺の使命を感じます。

善寿寺は、たくさんの神さまや仏さまに守られた空間です。世話人一同、龍神さまや仏さまが喜んでお鎮まりいただけるよう、そしてお参りいただくみなさんが気持ちよく仏さまと向き合えるよう、境内の澄み切った神気を大切に守り、みなさんをお迎えしています。

善寿寺にお参りすることで、己を見つめる禅、神仏とつながる密教の教えに触れて、仏さまとのご縁をつないでほしいですね。


前後半に渡り、小川由晃住職のインタビュー記事をお届けしました。

この記事を呼んで下さったあなたも、ぜひとも善寿寺にお参りしてみてください。

平屋を手作りで造作した本堂は、観音さまや庵主さんに守られて穏やかな空気が広がっています。

その裏にある龍神堂は、霊験あらたかな龍窟。暗闇の中で自身と向き合い、龍神さまとつながることのできる最強のパワースポットです。

この記事が、善寿寺と、由晃さんとのご縁つなぎのきっかけとなれば嬉しいです。


▶善寿寺公式Webサイトはこちら

▶善寿寺公式Instagramはこちら


取材・構成・文 玉川 将人
画像協力 アイデックスデザイン株式会社

 

 

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