こころね

お檀家さんとお寺の「嬉しい」が交差する‐コロナ禍のお盆参り完全密着取材(後編)

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ドキュメントお盆参り。
後編はお檀家さんへのお参りに完全密着。
メディアが喧伝する「寺離れ」からは程遠い
心温まるシーンの連続でした。

玄関を開けるなり
「すみませーん。今日取材があるんですわ」
という住職の無茶ぶりを
「え?そうなん?まあ、いいですよ」
と受け入れるお檀家さん。

きっとそれは、
日ごろからの信頼関係が
育まれているからこそ
可能なやりとりなんです。

一眼レフカメラ片手に
高島さんと、お檀家さんの
心温まる時間を共に過ごせたことを
とても幸せに感じます。

みなさまにも
わずかばかりのおすそわけです。

 

※アイキャッチ画像は撮影のためにマスクを外していただいたものです。

13時出発。雨上がる。

午前中の本堂でのお参りを済ませた雲松寺の高島正哲住職(詳しくは前編へ)。ランチをとったあとはいよいよお檀家さん参りが始まります。


朋子さんの愛妻ハヤシにご満悦の高島さん。午後に向けて英気を養います。

傘と長靴を持って、いつでも出発できるよう住職を玄関で待つ朋子さん。ふたりの息が合っている。

なくてはならない存在。運転手の小林さん。

毎年お盆参りの運転手を務める小林さんは現役のタクシードライバー。住職の移動をお手伝いします。

多くのお寺では、住職自身が車や原付バイクを運転してお参りをします。

しかし雲松寺では、先代のころから運転手さんに移動のお手伝いをしてもらっています。

「こんな姿見られたら、他のお寺さんに怒られるかな」と高島さん。お檀家さんや周りの人たちが住職を支えて、お盆参りが営まれているのです。

午後のお参りの始まりとともに雨も上がり、快調の滑り出し。訪問先や道順は事前に打ち合わせ済み。小林さんの運転にもよどみや迷いがありません。

小林さんの運転に本当に助けられていると、高島さんは力説します。

「自分で運転するって、結構大変なんですよ。お参りと運転をくり返すって、めっちゃきつくて、息つく暇がない。あとね、小林さんがいてくれているおかげで車内の温度が一定に保たれるんですよ。暑さ寒さに体が振り回されないんです。めっちゃ助かっています」

姫路は城下町。市内には狭い道もたくさんありますが、小林さんが車で待機してくれているから駐停車の心配もありません。

実際にこんな場面に出くわしましたが、小林さんのおかげで何ら問題なく車を通過させることができました。

突然の取材にも快諾するお檀家さん

いよいよお盆参りのスタート。私もワクワク半分、ドキドキ半分でこの瞬間を待ちわびていました。

中にはカメラを携えた取材を嫌がるおうちもあるだろうし、それが原因でお檀家さんを怒らせるようなことがあったらどうしよう、なんてことも考えていました。

しかし、高島さんは「ガチャ」っと玄関を開けると、「〇〇さ~ん。こんにちはー」と元気な挨拶。そして奥から「はぁーい」という声が聞こえるか聞こえないかのうちに「今日、取材入ってるんですけど、いいですか?」と機先を制します。

ここですべてのお檀家さんがまず一瞬うろたえるのですが、少し間を置いて「いいですよ」と快諾の声。NGの家はゼロでした。

「これは普段からのお檀家さんとのコミュニケーションの賜物ですよね?」と聞くと、「お願いできるおうちにしか言ってないですよ」と照れ笑い。高島さんにこの企画をお願いしてよかったと思えた瞬間でした。

 

みんなで、般若心経

取材をしていてビックリしたことの一つが般若心経です。訪問先の半分近くで、おうちの人も一緒に般若心経を唱え始めたのです。経本を開く人もいれば、目を閉じて読み上げる人も。いかに仏事を大切にしているかがよく分かります。

高島さんの読経に合わせて読まれる般若心経。

眼を閉じての読経。その声はきっとご先祖様に届いている。

小・中学生のお孫さんも交えてみんなで般若心経。親子3代のお参りは家族のつながりが感じられ、本当に心が温まります。

わずかな会話に笑顔がこぼれる

お盆参りは時間との勝負。それでも、限られた時間の中でたまにしか会えないお檀家さんと心を通わせたいと高島さんは考えます。

お経のあとの一杯のお茶やペットボトルがおなかをたぷたぷにするのは、まさに「#お坊さんあるある」ですが、でもこのわずかな時間こそがとっても貴重に思えます。

たかだか1~2分程度のやりとりの中で、お互いが無事に元気にやっている、家族のだれそれの病状が思わしくない、おじいちゃん亡くなって何十年にもなるね、など、他愛のない話のひとつひとつが、お寺とお檀家さんのつながりを紡いでいるのです。

深々と、頭を下げる

そして、取材をしていて大きな気づきだったのが、高島さんも、そしてお檀家さんも、みなが一様に深々と頭を下げていることです。

「頭のてっぺんは弱点。ここを相手に見せないと、お礼をしたことにはならないんですよ」と、高島さん。

その真意を訊ねると、「僕はね、玉川さん」と、最敬礼に込めるお檀家さんへの想いを話してくれました。

「お寺に生まれて、小さい時からたくさんのお檀家さんにかわいがってもらいました。何も実績もないのにただ衣を着るだけで、みなさんが僕を大事にしてくれるんです。僕を一端の和尚にしてくれたのはお檀家さんのおかげ。だから本当に感謝しかないんです。間違っても天狗になってはいけないし、勘違いしてはいけないと思ってます」

日本文化の美しさはもちろんですが、それに加えてここにお寺と檀家との長い年月をかけたつながりの深さや豊かさ、さらには高島さんの人柄と、そんな高島さんを応援するお檀家さんとの人と人との信頼関係を感じます。

和尚の掛け軸

先代住職は書の達人で、さまざまな禅語を表具にして、お檀家さんにお譲りしていたそうです。「雲松寺さんがお参りに来られるから、掛け軸を替えなあかん」という具合に、いくつかのおうちが床の間に雲松寺の掛け軸を飾っていたのも印象的です。

季節や来客にあわせて掛け軸を替えるというのは、それだけで手間暇をかけた丁寧なおもてなしです。こうした心配りがなされるのも、それだけお坊さんの来訪を大切に考えていることの表れだと言えるでしょう。

僕は、お盆参りが好きなんです

密着取材も終わりに近づき、コロナ禍のお盆参りについて、高島さんにお話を伺いました。

‐ はじめてお盆参りの現場を見ましたが、心温まるシーンの連続でした。

「和尚さんが年に一回来てくれるのが嬉しい」と仰るお檀家さんもいてくれました。あんなこと言われるとこちらの方が嬉しいですよね。

‐ 床の間に先代の書や、本山の短冊を飾られ、「ここは雲松寺博物館や」と言われる方もいましたね。お寺とお檀家さんの距離が近いですね。

本当にありがたいです。掛軸に関しては嬉しい反面、父に比べて僕は字が下手くそなので申し訳なく思います(笑)

次の移動先をスマホで確認しながらのインタビュー。

‐ コロナ禍で、神経を使う面もあると思いますが、これからのお盆参りをどのようにしていきたいですか?

お檀家さんにもいろいろな考え方があると思うので、それには寄り添ってあげたいですよね。でも「お坊さんに丸投げ」ってのは違うと思う。リモートであっても、その時間だけは一緒にお盆の供養をしてほしいと思います。

‐ なぜそう思われるのですか?

僕は、供養の主人公はお檀家さんだと思ってます。お坊さんは供養の専門家だけど主人公ではない。だから、お寺に来てもらうでも、電話でつなぐでも、僕が訪問するでも、どれでもいい。とにかく同じ時間、お檀家さん自身の手をご先祖様に向けて合わせてもらいたい。そしてその場に僕も立ち会っていたいと思います。

‐ 2年ぶりのお盆参り(2020年はコロナ禍で自宅への訪問を断念)。高島さんにとって、お盆参りってどんなものですか?

僕は基本的にお盆参りが好きなんです。お檀家さんに会えると、嬉しい。小さい時から僕のことを知ってくれてかわいがってくれている人たちばかりですから。だから、お檀家さんのことを、そしてそのおうちのご先祖様をよくしてあげたいと思うんです。

帰宅は朋子さんに迎えられて。

 

「和尚さんが来てくれて嬉しい」というお檀家さんのことば。「お檀家さんに会えて僕も嬉しい」という高島さんのことば。お互いの言葉が交わるところに、笑顔や安心感がこぼれます。

年に一度のお盆参りは、お寺と檀家の、家族と親戚の、そして子孫とご先祖様とのつながりを確認しあう時間。たとえ新型コロナウイルスが私たちを振り回そうとも、きっと人は人とのつながりを、強く、しなやかに、求め続いていきます。

亡き人と今を生きる人。家族と親戚。そのつながりの交差点に、お寺が、そしてお坊さんがいるのです。

どうぞみなさま、よいお盆をお迎えください。合掌。


構成・文・撮影 玉川将人