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2023.03.28

展覧会だからこそ感じられる本物の力~『史上最大の親鸞展』開催記念。京都国立博物館・上杉智英さんに訊く親鸞の魅力(後編)

展覧会だからこそ感じられる本物の力~『史上最大の親鸞展』開催記念。京都国立博物館・上杉智英さんに訊く親鸞の魅力(後編)

 

令和5年3月25日に開幕した
親鸞聖人生誕850年
特別展『親鸞―生涯と名宝』

主担当の上杉智英ともふささんは
本展覧会を
「史上最大」だと話します。

浄土真宗各派が
垣根を超えたことにより
11件の国宝と
75件の重要文化財が集結。

そして上杉さん自身による
本展覧会に込めた想いについても
聞かせていただきました。

令和5年。
850年の時を経て
親鸞を熱く語る人が
ここにもいました。

※前編「戒を超えて、真実に生きる」をまだお読みでない方はこちらからどうぞ。

「史上最大」である理由

- 日本仏教界の中でも大変人気のある親鸞聖人。これまでも多数の親鸞展が行われてきたと思いますが、このたび上杉さんが手がける親鸞展は「史上最大」と銘打たれています。

はい。「史上最大」と謳ってしまってよいと思います。

― その意気込みについてお伺いしたいです。

浄土真宗は現在各派に分かれていますけど、このたびの親鸞展は、各派の垣根を超えた総合的な親鸞展を目指しました。展示作品の出陳件数は過去最多の181件です。この中には11件の国宝と、75件の重要文化財も含まれています。

- 各派の垣根を超えたからこそ、これだけ親鸞聖人ゆかりのものを集めることができたのですね。

はい。真宗十派で作られる真宗教団連合さんの特別協力がなければ、この規模の展示はなしえなかったでしょう。

― 「超宗派」とは、ここ最近の仏教界のキーワードですが、企画立案の時にすでに方針は決まっていたのですか?

そうですね。このプロジェクトがスタートした段階で各派が協力して下さるということでしたから、それならばと、かなり早い段階から、その特徴を前面に押し出す親鸞展にしていこうと考えました。

- 具体的にどんな特徴があるのでしょうか。

せっかく十派がご協力して下さるので、浄土真宗が各派に分かれていく前の根源と言いますか、各派の皆さんをつなぐ方として、やっぱり親鸞聖人そのものに焦点をあてました。

国宝 親鸞聖人影像(安城御影副本)(部分) (賛・裏書)蓮如筆 室町時代(15世紀) 京都 西本願寺(3月25日~4月2日展示)

- 展覧会全体の流れを見ても、「親鸞を導くもの―七人の高僧―」「親鸞の生涯」「親鸞のことば」「親鸞の伝えるもの-名号みょうごう-」などの表題が並び、その思想性や人間性にフォーカスしているのだなという印象です。

ありがとうございます。まさにそういった点を意識しました。そのひとつとして、いきなり親鸞さんを取り上げるのではなく、まずは親鸞さんに多大な影響を与えた7人の僧侶「七高僧」を取り上げました。念仏の教えを親鸞さんにまで導いた方々で、インドの龍樹りゅうじゅ天親てんじん世親せしん)、中国の曇鸞どんらん道綽どうしゃく善導ぜんどう、そして日本の源信げんしん源空げんくう法然ほうねん)の7人です。

- 僕ら仏具店の人間だと、浄土真宗のお寺に行って、七高僧さまの掛軸を日常的に拝ませてもらいますが、一般の方々にはなかなか知られていないですよね。

その人を知るには、その人に影響を及ぼした人について知ることが大切かなと。「あなたに影響を与えた人物を7人教えて下さい」という質問に対して挙がった名前が、その人自身を表してると思うんです。

- なるほど! 展覧会の導入として、親鸞がいかに親鸞になっていったか、まずはそのベースとなる7人について語って下さるわけですね。

ちなみに、「親鸞」の「親」は天親、「鸞」は曇鸞と、自身が尊敬する高僧から1字ずつをとっているといわれます。

- 親鸞さん直筆の『教行信証きょうぎょうしんしょう』も展示されるとか。

はい。『教行信証』とは、親鸞聖人が書かれた浄土真宗の根本聖典です。その中でも「坂東本ばんどうぼん」と呼ばれるものは『教行信証』唯一の自筆本です。60歳頃までに書かれましたが、そこには80歳代の頃のものと思われる筆跡も見られ、加筆や訂正など、長年にわたって推敲されたことがうかがいしれます。

― 自身の教えを分かりやすくまとめるために、晩年も心血を注いだのですね。

『教行信証』は「坂東本」に加え、弟子が書写した「西本願寺本」や「高田本」も集結します。本展一番の見どころです。

- まさにはじめにおっしゃってた、十派の垣根を超えた特別展だからこそ、実現できたことなのですね。

はい。東本願寺の「坂東本」、西本願寺の「西本願寺本」、専修寺の「高田本」。鎌倉時代の『教行信証』3本が列んで展示されるのは史上初です。

正直ちょっと地味。その奥深い理由

- このようにお話をうかがうと、浄土真宗の門徒や仏教ファンに限らず、普段仏教にあまり触れていない方や、生きづらさを感じている人など、さまざまな人に足を運んでもらいたい展覧会ですね。

ありがとうございます。ただ、私個人の感想としては、仏教関連の特別展としては、正直ちょっと地味な構成になっているかと思います。

- 地味? と言いますと?

天台宗や真言宗のような密教の特別展の場合、大きい仏像や曼荼羅などを展示して目を引くことができると思うんですね。浄土教の中でも、たとえば浄土宗であれば『阿弥陀聖衆来迎図』や『山越阿弥陀図』のような華やかな来迎図があります。

- はい。

しかし浄土真宗の場合、親鸞さんは来迎を説かないのできらびやかな来迎図もないですし、みんなが救われてお浄土へ往生するので壮絶な地獄絵図も描かれない。大きな仏像もなければ、平家納経や紺紙金字経のような豪華絢爛な経典もありません。そのため、仏教美術としてはある意味とっても地味な展覧会になってしまうんですよね。

- なるほど。

はじめは、なるべく絢爛で華やかな作品を集めて、ひとりでも多くの人に興味を持ってもらうようリストを考えていたのですが、何かちょっと違うような気がして…。

― 本質は、そこではない、と?

はい。親鸞さんの教えは、「立派なお寺や仏塔を建てなくても、豪華な写経をしなくても、ただお念仏を称えれば救われる」というものです。視覚的なインパクトよりもその思想性が大事ではないかと。そういう意味で、一見、地味で素朴な本展ですが、実はこの素朴さこそ、立派なお寺や仏塔を建てる、豪華絢爛な経典を飾り納めるといった行為を諸行として否定し、私がそのままで、念仏一つで阿弥陀仏に救われるという親鸞の教義の本質に由来するものであることが伝われば嬉しいです。

- 特別展の担当者として、上杉さんも相当頭を悩まされたのですね。その上で、この展覧会は、親鸞さんの思想性や人間性に迫ろうとするこだわりが伝わります。

そうですね。もちろんそれだけでは淋しいので、終盤には「浄土真宗の名宝」として、お寺に伝わる障壁画や、華やかな古筆などを集めました。

桜花図 桜花図/松・藤花図のうち 望月玉泉筆 明治時代(明治28年) 京都 東本願寺

浄土真宗の真髄は、言葉の力

- いまのお話をとても興味深く聞かせてもらったのは、特に私が仏壇仏具店の社員だからだと思います。というのも、極楽浄土を再現する浄土真宗のお寺は絢爛豪華ですし、ご門徒さんのお仏壇もそれに倣って金仏壇ですよね。

はい。

- でも親鸞聖人の本質に迫ると、展覧会的にはどうしても地味になってしまうという…。その矛盾が面白いというか、複雑というか…。

もちろんお荘厳の大切さというのはあります。ただ華やかな飾り立てそれ自体が往生につながるかというと、そうではないと考えられていたと思います。

- 天台や真言の密教には呪術的な儀礼があります。禅宗には坐禅という精神統一の方法論がある。では浄土真宗の真髄といえば何だろうかと考えてみると、やはり「言葉」の力なんだなあと、上杉さんのお話を伺いながらそこに行きついたのですが、いかがですか?

はい。そうだと思います。

- それは、「南無阿弥陀仏」という6字の言葉もそうですし、浄土真宗の中で盛んにおこなわれている「法話」という、教えを語り継いで説いていく伝統的なスタイルにも見てとることができます。上杉さんの手がける親鸞展は、親鸞さんの本質に迫るからこそ、視覚的には地味にならざるを得ないのでしょうね。

最終章の第7章は、「親鸞の伝えるもの-名号-」と題しています。ご来場いただいた方には、最後に親鸞さんの絵姿と自筆の御名号おみょうごう(「南無阿弥陀仏」のこと)を見てからお帰り頂きたいとの想いからです。親鸞さんが90年かけて結局一番何を伝えたかったのだろうかと考えて、最後に結論として出てきたのが、やっぱり御名号という言葉なんだろうな、ということでした。

― 拠り所となる言葉があるって、すごいことですよね。嬉しい時、悲しい時、苦しい時、何かを祈る時、亡くなった人と向き合う時、どんな場面であれ、言葉にならない感情が湧き出た時に、「南無阿弥陀仏」の6字が心の支えになる。本当にものすごい言葉だと思います。

親鸞さんを支え続けたのも「名号」だったはずです。だからこそ、それをみんなに伝えようとされたのでしょう。

― 人によっては、たった6文字のおまじないかもしれません。でも、お寺に行けば「南無阿弥陀仏」の世界が空間として作られている。お経本を開けば、「南無阿弥陀仏」の意味が書かれている。仮におまじないだとしても、その根拠となるものがたくさんあって、こんなに心強い言葉ってないですよね。

博物館だからこそできること

― 最後に、お寺生まれの研究員である上杉さんに、博物館の意義についてお伺いしたいです。

博物館の研究員の仕事は、もちろん研究や調査もありますが、同じくらいに歴史的文化財を護り、それを知ってもらう取り組みが重要です。文化的にこんな素晴らしいものが日本にあるんですよということをまず皆さんに知ってもらうことが、文化財を護ることにもつながります。「知らないもの」に護るも何もありません。まずは、知ってもらうことが第一歩です。

― 文化財の維持には手間もお金もかかる。そのことへの理解が求められるということですね。

文化財も物ですから、年月が経つことでどうしても劣化してしまいます。それらを維持、修復するためには手間やお金がかかりますが、それでも伝えていくべき価値あるものが、この国にはたくさんあります。

― このたびは、親鸞聖人御誕生850年にちなんだ特別展です。長く続いているというだけで、大きな価値ですよね。

長く受け継がれてきたというのは、まずそれ自体に魅力があり、その魅力を後世の人たちがみんなで大事にし続けてきたことの証に他なりません。だからいまもこの世に残っているんです。

- はい。

たとえばこのたび展示する『教行信証』。親鸞さん自筆の「坂東本」は、関東大震災に被災しながらも燃えずに済みました。また、「西本願寺本」も、火事があった時にひとりのお坊さんが自らのおなかを割いて、その中に経本を押し込んで、身を挺して守ったと言われています。

- おなかを割いて⁉ その方はどうなっちゃったのですか?

お亡くなりになったそうです。でも、その『教行信証』はいまでも受け継がれ、「腹籠りはらごもり聖教しょうぎょう」と呼ばれています。

国宝 教行信証(坂東本) 親鸞筆 鎌倉時代(13世紀)京都 東本願寺〈冊替あり〉

浄土真宗の経本が赤いのは血の色。十文字に割いたおなかの中で『教行信証』を守ったことに由来するとも言われている。

- 親鸞さんの教えは、命がけで受け継がれてきたのですね。

『教行信証』の最後には、「前に生まれん者は後を導き、後に生まれん者は前を訪え」(前に生まれた者は後の人を導き、後に生まれた人は先人をたずねなさい)とあります。それが繰り返されることで、教えが永遠に途切れることなく伝わっていくことを親鸞さんは願っているのですが、これは文化財にもいえることです。先人の大切にしてきた文化財に触れ、それを知ることは、それを護り、後に伝えていくことの第一歩に他なりません。

― 博物館も、そして上杉さんご自身も、その役割の一端を担っているわけですね。

はい。人類の大切な宝である文化財を護り、次の世代に伝えていくためにも、一人でも多くの人にそのすばらしさを知っていただきたいです。親鸞850回目の誕生会である本展が、みなさんにとってすばらしい文化財との出遇いの場となれば幸いです。

- 今日は本当にありがとうございました。


どんな人でも、そのままの自分で、必ず救われる。親鸞展に足を運ぶことで、きっと現代にも息づく親鸞聖人の教えの普遍性を感じとることができるでしょう。

貴族社会から武家社会へ、古代から中世へ。大変化の時代に生きて、自らの信念と思想を貫いた親鸞聖人の生きざまは、この大変革の時代を生きなければならない私たちに、幸せに生きるヒントと救いのきっかけをもたらせてくれるかもしれません。

春休み、そしてゴールデンウィーク。ぜひとも浄土真宗各派のお寺にお参りして、親鸞展に足を運んでみてはいかがでしょうか。


親鸞聖人生誕850年特別展『親鸞—生涯と名宝』は、京都国立博物館で開催中です。会期は2023(令和5)年3月25日(土)~5月21日(日)。詳しくは展覧会公式サイトをご覧ください。

▶『親鸞展』公式サイトはこちらから。

▶京都国立博物館ウェブサイトはこちらから。

京都国立博物館のシンボル「明治古都館」


素心・こころねでは、『親鸞展』の開催を記念して、以下のアンケートにお答えいただい方から抽選で5組10名様に入場券ペアチケットをプレゼント!合言葉は「なむあみだぶつ」です。

応募締め切りは令和5年4月24日(月)とし、当選者の発表は発送をもって代えさせていただきます。

▶アンケートはこちらから。


取材・構成・文 玉川将人

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