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2022.10.13

お坊さんに訊く日蓮宗【宗祖編】“激しさ”だけでは語れない。日蓮聖人の優しさと賢さと心強さと

お坊さんに訊く日蓮宗【宗祖編】“激しさ”だけでは語れない。日蓮聖人の優しさと賢さと心強さと

 

時の権力者に提言書を奏上し
他宗を容赦なく痛罵する。
数々の迫害にあいながらも
二度三度と立ち上がっては
力強く『法華経』の教えを布教する。

「日蓮」という名前から
私たちが想像するのは
激しい布教の姿。

しかし、よくよく調べてみると
実はとても優しくて、賢くて
人情味あふれる心強い人だ
ということが分かります。

日蓮聖人の教えが
約800年もの長い時間
私たちを惹き付けているのは
何か理由があるのでは?

とある日の朝礼で
姫路店の店長が口にした一言から
「日蓮さんの魅力を探ろう!」
と、始まったこの企画。

播州地域の
2つの日蓮宗のお寺にお邪魔して
日蓮聖人の魅力を
伺ってきました。

日蓮聖人が生まれた時代

まずは日蓮聖人(1222-1282)についての基礎知識から。

日蓮聖人が生まれた鎌倉初期は、武家政治が台頭し、さらには天災や疫病や飢饉など社会不安の増大に加えて、仏教界そのものも堕落や腐敗が進み、多くの宗派が乱立しました。

12歳で天台宗のお寺(千葉県鴨川市・清澄寺)に入り、16歳で正式に出家。「善日麿ぜんにちまろ」から「蓮長れんちょう」という名の僧侶になります。

当時の都・鎌倉、さらには比叡山、奈良、高野山などで修行を積みながらも、既存の仏教の教えに対して、若き日の日蓮聖人はこのような疑問を抱いていたそうです。

「どうして偉いお坊さんたちが修行をして、国家のために祈祷をしているというのに、世の中が安泰にならないのだろうか」

「どうしてお釈迦様というひとりの偉大な方の教えが、これだけたくさんの宗派に枝分かれするのだろうか」

さまざまな宗派の修行を経たのち、「最終的に『法華経』こそが乱世の人々を救うお釈迦様の真の教えだ!」と確信するに至ります。

常照寺(たつの市)の本堂にお祀りされる日蓮聖人像

1253年4月28日。32歳となった日蓮聖人は諸国での修行から故郷の清澄寺に戻り、東のかなた、太平洋から昇る朝日に向かって「南無妙法蓮華経」の題目を唱え、『法華経』の教えを世に広めることを決意します。この日が日蓮宗の始まり(立教開宗の日)とされており、僧名も「蓮長」から「日蓮」としました。

ところで、「日蓮」という名前にはどのような意味があるのでしょうか。蓮泉寺(市川町)の安積尚志しょうし住職は、名前に込められた決意について次のように教えてくれました。

「日蓮とはまさに、「日輪」と「蓮華」。東から登る太陽のように明るくこの国を照らし、泥池に咲く蓮のようにこの娑婆世界で美しい花を咲かせることを誓われたのです」

立教開宗後は、日蓮聖人自身が「大難四か度、小難数をしらず(命を危ぶむほどの危機は4回あった。そうでない危難は数知れない)」と語るほど、旧勢力からさまざまな批判や弾圧にあいますが、それでもまっすぐに『法華経』の布教を務め、60年の生涯を駆け抜けたのです。

日蓮聖人の生涯が語られる絵物語(蓮泉寺・市川町)

日蓮聖人は臨終の間際に、若干14歳の孫弟子・日像上人に京都の布教を託します。このたび取材のご協力をいただいた蓮泉寺と常照寺も、それぞれ日像上人の系譜を継ぐお寺です。

法華経の教えー泥池に咲く蓮の花のように

日蓮宗と言えば『法華経』。正式名称は『妙法蓮華経』で、「白蓮華のように最も優れた正しい教え」の意味です。

『法華経』は全体で28章で構成されており、「章」のことを「ほん」と呼びます。

前半14品ではどんな人でも仏になれることを親しみやすいたとえ話を用いて語られ、後半14品ではお釈迦様は永遠の命を生きて私たちを救って下さることが説かれています。何やらむずかしそう…。

そこをかみ砕いて教えてくれたのが、常照寺(たつの市)の谷口慈晃じこう副住職。「『法華経』には「苦しみばかりのこの世界をよりよく生きていくための智慧が説かれている」とし、次のように続けます。

「蓮は泥水を養分としてきれいな花を咲かせます。人間社会は妬みやひがみなどイヤなことばかりですが、私たちも自分自身を腐らせず、イヤなことをいいものに転換することで魅力的に光り輝くことができる。『法華経』にはそんな思想が込められています」

数ある『法華経』の章節の中で、安積住職は「常不軽菩薩品じょうふきょうぼさつほん第二十」を紹介します。

蓮泉寺・安積尚志住職

「この章では、手を合わせることの大切さが説かれています。常不軽菩薩じょうふきょうぼさつとは、お釈迦様の前世のお姿。人々から辱められ、石を投げられても、その人を悪く思うことなく、相手を敬い、合掌をし続けました。『法華経』では誰もが仏になれると考えられています。つまり、石を投げてくる相手もいつかは仏になるに違いない。そう信じて、こちら側がまず相手を敬い、手を合わせ続けることで、やがて自分自身も仏になれることを教えてくれています」

この娑婆世界でも、相手を敬うことは人間関係の基本です。常不軽菩薩のように、どんな相手に対しても、敬いの心をもって手を合わせる生き方をすることで、泥池のようなこの世界に蓮の花を咲かせられるのかもしれません。

常不軽菩薩を讃える24字。

安積住職によると、常不軽菩薩を讃える24字をお唱えすることは、“南無妙法蓮華経”のお題目をお唱えするのと同じだけの功徳があるのだそうだ。

激しさの奥にひそむ、賢さと現実主義

日蓮聖人といえば、その”激しさ”を思い浮かべる人も少なくないのではないでしょうか。乱世に苦しむ人々に、より仏さまの教えが伝わるように、教義の異なる他宗を批判しながら、『法華経』の優位性を説いていきました。

「過激なイメージが強い日蓮聖人ですが、同時に頭の良さも感じられます」と興味深い話を切り出した谷口副住職。そこからは、現実的で合理的な日蓮聖人の戦略性や賢さが見えてきます。

「日蓮聖人は、一方では「辻説法」と言って、鎌倉の街を行き交う人ひとりひとりに力強く布教しました。そしてもう一方では『立正安国論』という提言書を書いて権力者に奏上された。『法華経』の教えに基づいた社会を実現するためには、庶民と体制の両方を説得しなければと考えられたのでしょう。ただ感情的に激しく布教されたのではなく、可能な限り現実的で合理的な方法を採られたのだと思います」

常照寺・谷口慈晃副住職

『立正安国論』は、法華経の教えに基づく政策提言。はじめは見向きもされないものの、その後、日蓮聖人の予見通りに他国が襲来してきた(元寇)ことから脚光を集めます。

「決して神通力で未来を予見したのではなく、現実的にきちんと海外情勢を把握されていたのではないでしょうか。情報収集ネットワークだけでなく、体制側へのなんらかのルートも持たれていたのだと思います。そうでないと、一介の僧侶が幕府に提言書の奏上なんてできないですよね。」

筆まめに見る、優しさと人情味

激しいけれど、賢くて現実的。それに加えてもうひとつ忘れてはならないのが、人間としての優しさと人情味です。

「日蓮聖人はとにかくたくさんの手紙(御遺文)を弟子や信者に宛てていて、それらがいまも現存しています」と谷口副住職。その文面から人間としての魅力が伝わってくるのだと、次のように続けます。

「たとえば、子を亡くした母への手紙(『上野殿後家尼御前御書』)には、ただただ大切な人を亡くした悲しみへの寄り添いが綴られています。仏法を説くことよりもまず先に、ともに悲しみ、ともに苦しむことを大事にしている日蓮聖人の姿勢を見ることができます。人として、とてもあたたかい方だと思います」

「女人は男をたからとし、男は女人を命とす」という日蓮聖人の言葉を、自身の結婚式のスピーチで引用したという安積住職は、特に女性への優しさが際立っていると話します。

「『法華経』は平等主義が説かれている経典ですが、それを実践するかのように、日蓮聖人は心強い言葉やお手紙を通じて、誰もが等しく成仏できるんだということを説かれたかったのだと思います。特に、当時の社会では弱い立場に置かれていた女性に向けた優しさあふれるお手紙が多い。たとえば、妻としての自信を失っていた女性信者に対し、『矢が飛ぶのは弓の力、雨が降るのは龍の力。同じように夫が成しとげる立派な行為は妻の力あればこそ』と励ます手紙も送られています」

10月13日は日蓮聖人のご命日

晩年の日蓮聖人は、数々の法難や流罪などによる長年の厳しい生活で体調を崩しながらも、最後の最後まで弟子の教化育成に努めました。そして、1282年の10月13日の朝に、60歳の生涯を閉じたのです。

その後は、日蓮聖人を慕う数々の弟子たちにより、日蓮宗は日本中に広がり、現在では約5300ものお寺が日本中に建てられています。この時期には「御会式おえしき」と呼ばれる法要が営まれ、日蓮聖人のご遺徳が偲ばれています。

最後に、法華経や日蓮聖人のすばらしさ、そして手を合わせることの大切さについて、改めて一言ずついただきました。

「日蓮聖人の信念の強さは、混迷の時代の人々にとって必ずや大きな力になります。そしてその強さは、優しさや真面目さによって支えられています。私たちも、まずは日蓮聖人も讃えられている常不軽菩薩のように、誰に対しても敬いの心をもって手を合わせたいものです。それこそが、幸せへの入口に立つことに他ならないからです。」(安積住職)

「誰もが美しい花を咲かせられると説かれているのが『法華経』。その素晴らしさを字面で理解するのもよいですが、手を合わせて、お題目をお唱えすることで、さらにその功徳を身をもって体感できます。そのためにも、まずは気軽にお寺に足を運んでもらいたいです」(谷口副住職)

この記事を読んで下さったあなたも、どうぞお近くの日蓮宗のお寺にお参りしてみてはいかがでしょうか。

先行きの見えない時代。泥池に咲く蓮の花のつぼみが、合掌するあなたの手の中で膨らみ始めています。


▶蓮泉寺(市川町)公式ホームページはこちらから。

▶常照寺(たつの市)公式ホームページはこちらから。


構成・撮影・文 玉川将人

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