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オレの創った剣をお守りに存分に暴れてくれ!【ファンタジー仏壇制作秘話】匠工芸・折井匠さん&桃井鈴さんロングインタビュー(前編)
高砂市で
看板やディスプレイ什器の
制作を手がける匠工芸さん。
実は
“ファンタジー武器屋”として
アニメやゲームの世界で
熱狂的なファンを持つ
バズ企業でもあります。
匠工芸さんに
デザインを依頼したら
どんな仏壇に
なるんやろ。
素心の代表・浜田が
提案してできあがったのが
ファンタジー仏壇です。
リリース直後
ネット上を中心に
大反響が巻き起こり
わたしたちのもとには
賛否それぞれの声が
寄せられました。
ファンタジー仏壇に
込められた哲学
死者への想い
受け継がれる死後観
匠工芸さんの
“武器屋”にお邪魔して
折井さんと桃井さんと
ディープに語りました。
ファンタジー仏壇、爆誕!!
素心 玉川(以下:玉川) 素心と匠工芸さんのコラボとしてファンタジー仏壇がリリースされたのが2022年1月31日です。あれから2年半の月日が流れて、ようやくおふたりとお話できる機会ができました。大変お待たせいたしました。
匠工芸代表 折井匠さん(以下:折井) いやいや。とても嬉しい。ありがとうございます。
匠工芸副代表 桃井鈴さん(以下:桃井) ありがとうございまーす。
匠工芸さんと素心のコラボによってできたファンタジー仏壇「Prayer Spot」
玉川 もともと看板製作やプラスティック加工を行っている会社さん。一方でアニメやゲームの世界で、“ファンタジー武器屋”としてどんどん頭角を現しています。
折井 それはもう、ありがたいことにですね、はい。
玉川 そんな匠工芸さんに、うちの社長から仏壇作りのオーダーが出た。そんな経緯で間違いないですよね。
桃井 はい。細かい指示などなく、匠工芸が考える仏壇というものをそのまま創ってほしいという、そういうご依頼でした。
玉川 うちとしても、ふだんなかなかご縁のない若い層にどのような仏壇がウケるのか、その部分を思い切って匠工芸さんに託してみたのだと思います。
折井 なかなかチャレンジングな仏壇屋さんで、すばらしいですね。
匠工芸 代表取締役 折井匠さん
玉川 そんな突拍子のない依頼、どうやって進めていったのですか?
折井 まずは、社員みんなが集まって、案出しをしました。「おーい、素心さんから仏壇のオーダーが入ったぞー」って。
桃井 作業場に集まって、みんなで頭をひねるんですけど、そもそもだれも仏壇について知らないんです。なんとなく金箔を押している。なんとなく蒔絵が描いてある。でも中には何が並ぶんだっけ? うーん…、みたいな。
玉川 いきなりの行き詰まりですね。
桃井 でも社長さまは、無知なわたしたちに仏壇作りを託して下さったわけですから、ここはもうゼロベースで、自分たちが「これだっ!」って思う仏壇を作ろうと、一気に振り切りました。
折井 うんうん。
桃井 まずみんなで案を出す。的外れでも見当違いのものでも構わない。匠工芸の商品会議はみんなのクリエイティブを出し合うところから始まります。絵を描いてくる子、文章にまとめる子、モックアップ(試作品)を作ってくる子、人によってさまざまです。
折井 ここにものすごく時間がかかったよね。
桃井 かかったかかった。素心さんからも何度も「まだ?」って連絡あって、「ごめんなさい!」って感じで。構想だけで2年くらい?
匠工芸 事務兼営業兼衣装制作兼モデル兼副社長 桃井鈴さん
玉川 2年! そんなにも?
桃井 これはファンタジー仏壇に限らずなんですけど、わたしたちは商品のコンセプトやストーリーをものすごく大事にしているので。そこをじっくりと練り上げるのに、ものすごく時間をかけます。並行して他の案件も手掛けながらなので、なおさらそうなっちゃうんですよね。ただ、構想が固まると、できあがりまでは早い!
折井 そう!
玉川 みんなの意見を出し合って、ひとりひとりが納得するまで結論を妥協をしない、だから時間がかかってしまうという感じですか?
桃井 そうですね。納期が迫っている時は折井のトップダウンで進めていくこともありますけど、たいていはみんなが納得するまで考え抜きます。みんなでああだこうだと言い合って、ファミレスのドリンクバーだけで3時間くらい粘る、ああいうテンションでやってます。
古岩に刺さる剣は、新たな旅のお守り
玉川 では、具体的にファンタジー仏壇のコンセプトについて伺っていきますね。この仏壇の中で、一番目を引くのは、古岩に刺さる剣です。これは何を意味するのですか?
折井 匠工芸が手がける仏壇ならば、やはりRPGの世界を投影させたいと思いました。RPGでは、主人公は剣を持って旅を進めます。つまり剣はお守りなんです。この世界での人生を終えた旅人の新たな旅立ち。「次の旅では、オレの創った剣を片手に、思う存分暴れてきてくれ!」という想いを込めています。
桃井 商品会議の中で、仏壇にまつわるものを列挙してたんです。すると従業員の一人が、山盛りのご飯にお箸が刺してあるのを思い出して。
玉川 それは、仏壇ではなくお葬式の時のお供えなんですけどね(笑)
桃井 そうなんですね。そんなことすら知らずに「あるある!」って盛り上がったんですけど、「絵面的に山盛り飯に箸はどうなんだ?」ってなって。そこで折井が「RPGのカッコいい勇者は、“森の中の岩に剣を刺して旅を終えたのだった”って、終わるやんって(笑)」
玉川 なるほど。飯と箸を、岩と剣に。
折井 「遠い昔の勇者が置いていった伝説の剣を、いま、お前が抜くのだ。そして、新たなお前の物語が始まるのだ」と。
玉川 おもしろいですね。
ファンタジー仏壇の仕様書の下書き
桃井 死ぬということは、消えてなくなるのではなく、セカンドステージに進むという感じがわたしたちの中にあって、それを形にできてよかったと思います。
折井 ぼくは21歳からいまに至るまでずっと癌を患っていて、死を覚悟したことも何度もあったんです。でも、癌を患ったからこそ、それをバネにしたいことができています。
玉川 そうでしたか。
折井 でもきっと、世の中にはしたいことができずに亡くなっていく人の方が圧倒的に多いと思うんです。家族のため、会社のため、誰かのために自分の楽しみを我慢して、夢を妥協して生きていく人を、ぼくはとても尊いと思う。そんな人たちに、「あの世では、この剣をお守りに、思う存分暴れて来いよ!」そういうメッセージを込めています。
「ぼくの創るすべての剣はお守りなんです」と話す折井さん。
玉川 そういうバックグラウンドを聞くと、よりファンタジー仏壇の魅力が増しますね。
桃井 ほんと、そうですよね。
玉川 この外側の壁面は、何をイメージされているのですか?
ファンタジー仏壇の中の世界は、岩のレンガで頑丈に守られている。
折井 これも、RPGの中でよく出てくる城壁です。
桃井 これにもきちんとストーリー設定があるんです。
玉川 へえ。
桃井 これって、四方と天面の5面がすべて同じ形状になっていて、閉じたらどこが扉か分からないようにしています。RPGの中でよくある設定なんですけど、一度目はただの壁、でも何かのアイテムを手に入れたり、何かのステージをクリアしたあとだと隠し扉になっていて開けることができる。扉の奥の世界を本当に必要とする人だけが開けられる扉を意識しました。
玉川 なるほど。
桃井 だから、取っ手を付けたりせず、あえて扉っぽくさせていないんです。
折井さんの頭の中からはじまる匠工芸ワールドを、的確に言語化する桃井さん。
死後の世界は、きっとある
玉川 聞いてておもしろいなと思ったのは、ファンタジー仏壇も、「死後の世界は、きっとあるんだ」という前提で作られてますよね。
折井 はい。
玉川 思い出を偲ぶだけでなく、死者はいまも死後の世界を生きているという世界観が、この箱の中で表現されています。
折井 まさに、そうです。
玉川 たとえば伝統的な金仏壇も、『阿弥陀経』という経典の中で描かれる死者が赴く極楽浄土の世界を、限られた空間の中で再現しているわけです。
折井・桃井 へえ!
玉川 死後の世界観を表現するという点においては、伝統仏壇も、ファンタジー仏壇も、同じレイヤーの上にあるのがおもしろいです。
折井 うれしい!
桃井 うれしいねえ~。
玉川 うちの社長からオーダーを受けて、仏壇とは何ぞやと一生懸命考えて辿り着いた「死者は今もなお生きている」という思想をRPGの世界観で表現したわけよね。
桃井 そうですね。
玉川 いまの世代の人たちは、伝統的なものや宗教的なものからは距離があるかもしれないものの、アニメやゲームなどのコンテンツからきちんと死後観や死生観を培っているのかもしれませんね。
桃井 きっとそうかもしれないですね。
折井 最近は、異世界転生ものとか多いですしね。たいていトラックに轢かれて死んじゃうんですけど(笑)
玉川 あと、めちゃ個人的な解釈ですけど、岩と苔がかなり効いてますよね。
桃井 へえ。具体的に聴きたいです。
玉川 岩って風雪に耐えて何千年とずっとそこに居続けられるものじゃないですか。
桃井 うん。
玉川 そして苔は長い年月をかけて蒸すものです。岩と苔は長い時間軸や永遠性の象徴で、日本人が大事にしているシンボルです。『君が代』でも歌われているでしょ。「さざれ石の巌となりて、苔の蒸すまで」って。
折井 本当だ。
玉川 岩と苔が、人間の寿命よりもはるかに長い時間軸を表現している。だから人間は自らの命をその広大な時間に委ねられるし、遠い昔の勇者に会うこともできる。
折井 すごーい。この仏壇の中では描かれなかったんですけど、ぼくの中ではあのうしろに樹齢何百年の木がたくさん生えているんですよ。
玉川 いいですねえ。それを無意識で表現しちゃってるところを、とても興味深く感じるんです。
ぼくらはお客さんの物語を大事にしたい
桃井 わたしたちが作り上げた商品とそのストーリーを、そのようにしっかりと解釈してもらって、とてもありがたいです。
玉川 ぼくはアニメやゲームは疎いんですけど、人類が紡いできた死後観や宗教観は、きちんとその時代ごとに表現されてきたもの中で連綿と受け継がれているはずです。
折井 うんうん。
玉川 折井さんや桃井さんは、昭和や平成の、極上のアニメやゲームの世界を通じて、普遍的な思想性や神話性を吸収しているんでしょうね。
桃井 ですです。
玉川 クリエイターたちが心血注いで作ったストーリーも、実はどこかの国の神話や宗教ロジックがベースになったりしてますもんね。『エヴァンゲリオン』が旧約聖書を、『鬼滅の刃』が仏教思想を下地にしているというのは、よく語られるところです。
リリース直後の反響はすさまじく、海外メディアからも取材を受ける。
桃井 もちろんただ「面白い!画期的!ゲーム的!」だけじゃなくて、そこにはストーリーやロジックが込められていることが大事。ここにあるすべての剣やアイテムも、ロジックやストーリーを込めて作っています。
折井 モノ作りで大事なのは物語。ぼくらはお客さんの物語を大事にしたい。だから、すべての武器やタイトルにもちゃんと名前があって、その理由があって、ストーリーがある。
玉川 仏壇とは、本来は仏教の物語に死者供養を託す場所ですけど、個人化の現代においては、自分自身の物語をオリジナルなかたちに表現することが求められるのかもしれないなあと、お話を伺っていて改めて思いました。
桃井 依頼者の声をしっかりと聴きとって、一人ひとりにカスタマイズされたものを創ることで、ファンタジー仏壇がより価値あるものになるかもしれませんね。
折井 ここにあるのは、あくまでぼくや匠工芸の世界観をかたちにしたものですけど、ファンタジー仏壇は、依頼者の物語や死生観をきちんと伺って、その人のために創るオリジナルなものであるべきだと思っています。
折井さんと桃井さんへのインタビューは、さらにおもしろく、そしてディープに進んでいきます。
後編では、「オモロイ」をテーマに爆進する折井さんと桃井さんの出発点と、そこから始まる死生観について伺います。
▶後編「死の際から放たれるクリエイティブ」はこちらから。
▶株式会社匠工芸公式ウェブサイトはこちらから。
▶「ファンタジー仏壇」特設サイトはこちらから。
▶ドイツメディア「RUPTLY」による動画ニュースはこちらから。折井さんと玉川が取材に応えています。
取材・撮影・文 玉川将人