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雅楽と聲明の調べ~仏さまを讃え心に響く音色~
令和3年3月31日
姫路市文化センターで開催された
「雅楽と聲明の調べ」
主催は”真宗文化研究会”
浄土真宗本願寺派
兵庫教区の有志寺院による集まりです。
仏事法要の中で伝統的に営まれてきた
雅楽や声明を受け継ぐために、
日々研鑽を積んでいます。
当会の25周年を記念して執り行われた法要。
雅楽と声明の奥深い世界とともに
800年続く伝統的な儀礼と文化を
いまに奏でるお坊さんの姿をレポートします。
魅せるおつとめ 声明は仏教版の讃美歌
声明とは、古くはインドの歌を意味する「梵唄」とも呼ばれた僧侶が唱える声楽です。お経や偈文(一定の音律のある詩)を節回しや抑揚に乗せてお勤めします。
キリスト教に讃美歌があるのと同じように、仏教でも古くから音律に乗せて仏さまを讃える「声明」というものが唱えられてきたというのですから、驚きです!
しかし、映画「天使にラブソングを」のウーピー・ゴールドバーグばりに身体をゆすって歌うわけではありません。そこは日本仏教らしく姿勢を正して、経本を目で追いながら、厳かに、丁寧に、節に乗せて声に出します。
お経と言えば、お坊さんがお寺の本堂やお仏壇の前でひとり「もにょもにょ」言っているイメージが強いのですが、大勢の人数が集まって行われる声明は、格別の感動と美しさがあり、仏さまの大きな力を感じてしまいます。
当日の法要では、結衆の入場の時に「路念佛」、おつとめを始めるにあたり唱えられる「頂礼文」、続けて「総序」、電子オルガンを用いて唱えられる偈文「十二礼」、「南無阿弥陀仏」の6字を唱える「念佛」、そして最後に雅楽演奏とともに「恩徳讃」を唱和しました。
個人的には「十二礼」の調べを耳にするたびに、ありがたくもどこか物悲しいメロディが心の琴線に触れ、泣けてきます。
「十二礼」はインドの高僧、龍樹菩薩がつくられた偈文。阿弥陀さまの尊いお姿やお徳が讃えられているのですが、人々の極楽浄土への信仰が、この娑婆世界での苦しみを逆説的に浮かび上がらせているのでは…。そんなことを思い起こすのです。
ちなみに、結衆と呼ばれるお坊さんたちが身にまとっている法衣は「七条袈裟」と呼ばれ、浄土真宗において最も大切な法要で身に着ける正装です。重くて、暑くて、なんとも高価そうですが(実際に高価!)、その美しさや仕事の細かさは見れば見るほどうっとりします。
雅楽は「世界最古の”指揮者のいない”オーケストラ」
雅楽とは、日本でもっとも古い伝統芸能で、5世紀ころに大陸から伝わったとされています。笙や篳篥などの管楽器、琵琶や筝などの絃楽器、鞨鼓や太鼓などの打楽器、さらには謡や舞も合わせて行われる、まさに世界最古のオーケストラ音楽なのです。
古くは大宝律令(710年)に雅楽に関する制度が記載されており、東大寺大仏供養会(752年)でも演奏されています。
最近では、演奏家の東儀秀樹さんなどの活躍により、一時の流行を超えてすっかりおなじみになった雅楽。宮中や皇室、神社との結びつきが強いイメージがありますが、いまでも仏教寺院での法会で、導師などの入堂・退堂やお経のお勤めの伴奏として奏でられ、厳かな雰囲気を作り出します。
雅楽は「世界最古のオーケストラ」と書きましたが、浄土真宗本願寺派総合研究所の福本康之さんによると、西洋のオーケストラとの一番の違いは、指揮者がいないことだそうです。「演奏者同士が息を合わせながら音楽を作る、その合奏の妙技こそが、雅楽の聞きどころ」と語ります。
当日の法要では、伝統的な雅楽である「音取」「合歓塩」「越殿楽」に加えて、オルガンを取り入れて、童謡の「朧月夜」や中島みゆきさんの「糸」も演奏されました。
雅楽で用いられる楽器は、管楽器、絃楽器、打楽器。ここでは、3つの管楽器と3つの打楽器をご紹介します。
3つの管楽器 笙・篳篥・龍笛
まずは3つの管楽器から。
笙は、その姿が翼を休めている鳳凰の姿に似ていることから「鳳笙」とも呼ばれ、天から差し込む光をあらわす楽器です。複数の音を同時に奏でる和音(ハーモニー)を担当し、まさに「ザ・雅楽」の世界を作り上げてくれます。
篳篥とは、竹製の少し短めの縦笛。人の声を表していると言われており、雅楽の主旋律を担当します。
龍笛とは、竹製の横笛。音色が龍の鳴き声に似ていることからこのように呼ばれています。篳篥と同じ旋律を吹いたり、主旋律を装飾し、彩りを添え、曲全体をより鮮やかにする役割をも担います。
3つの打楽器 鞨鼓・太鼓・鉦鼓
次は3つの打楽器です。
鞨鼓は比較的小型で高い音を発する鼓です。鞨鼓から響く音は全体の合図となり、いわば、雅楽の指揮者的役割を担います。
太鼓はみなさんおなじみの楽器ですよね。鞨鼓に比べて低い音を発します。打面の彩色画がなんとも色鮮やかで美しい。
鉦鼓は、金属製の打楽器。金属独特の音色を奏でます。
現代の音楽法要に欠かせないオルガン
また、最近の音楽法要で欠かせないのがオルガン。より現代的なメロディを奏でるための大切なパートで、和の伝統と西洋の音楽が融合した、厳かでありながらも現代人にも親しみやすい音楽を作り上げてくれます。
伝統的な儀式や作法が、私たちの願いや信心をよりたしかにしてくれる
伝統的な節回しの声明や雅楽の音色に触れると、このような儀式や作法は、私たちの心を豊かにしてくれるためにあるのだなあと、感じ入りました。
私たちは、なんらかの祈りや願いを込めて神仏に向き合います。浄土真宗では、阿弥陀さまのお救いにより、お浄土に往生させていただくことを喜び、手を合わせ念仏いたします。そんな時に、声明や雅楽があるおかげで、私たちの願いや信心を、より強く、よりたしかなものにしてくれます。気持ちが落ち着きながらも、仏さまへの想いが集中し、高揚する、そんな気がいたします。
場を美しく整え(荘厳)、身をきれいに着飾り(法衣)、美しい音色(雅楽)の中で唱えられる仏さまを讃える言葉(声明)のひとつひとつは、きっと仏さまに届き、私たちを安心させてくれます。伝統的な儀式や作法は、私たちの心を豊かにするために先人たちが積み上げてきたものに他なりません。
新型コロナウイルスに振り回されている昨今ですが、疫病や飢饉、天災や戦乱といった苦難はどの時代にでもあったはずです。そんな社会の危機の中でも絶やすことなく受け継がれてきた文化だからこそ、伝統は伝統たり得ているのではないでしょうか。
雅楽や声明をいまに奏でる真宗文化研究会。その取り組みもまさに伝統のど真ん中にあり、必ずや次世代にも受け継がれていくはずです。
参考サイト
●浄土真宗本願寺派総合研究所「仏教音楽のいろは」
●福本康之「お浄土の響き 雅楽と本願寺―宗祖降誕会 雅楽献納会に寄せて―」本願寺新報2013年5月10日号
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構成・文 玉川将人
写真撮影 玉川将人/西内一志