こころね

無縁化する墓地をどないかせな!-立ち上がった地元住民と素心による奇跡の”絆”物語(前編)

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無縁墓とは、
お参りする人のいなくなったお墓。
いま、無縁墓をどうすればいいか
分からずにいる迷子があふれています。
「ご先祖様のお墓を放置したままにしている」
という家族もいれば
「墓地に乱立する無縁墓をどうすべきか」
墓地の管理者も頭を抱えます。

そんな中、家族、そして管理者の
お互いの問題を解決し
21世紀にふさわしい未来型の霊園が
加古川市にできあがりました。

加古川市新在家霊園-絆-

江戸時代から続く古い共同墓地は
どのように無縁墓の問題を乗り越えたのか
そこにいたるまでのプロセスは
まさに困難と執念の連続でした。

自治会と、地域密着の仏壇墓石店の素心が
手を携え合って作り上げた
5年にも及ぶ奇跡の物語を
2回に渡ってお届けします。

家族も管理者も頭を悩ませる「無縁墓問題」

「無縁のお墓をなんとかせなあかんなあ」

村の墓地に立ち、丸山紀治さんがそう呟いたのは、かつて自治会長を務めていた今から20年も前のこと。新在家の共同墓地の歴史は古く、土葬が当たり前に行われていた江戸時代にまでさかのぼります。

かつては「先祖組」が穴を掘り、村人全員で葬儀を上げ、遺体を埋葬して墓石を置いて、お墓としました。いまのようなツルツルの御影石ではない、自然石をノミとセットウで叩いて成型した、まさに手作りの墓じるし。そんなお墓が乱立します。

「墓地をどないかせなあかん」という声はずっと挙がっていたと丸山さん。でも、事は思うように前には進みません。

「お墓は家によって事情がさまざま。お参りがない無縁墓もたくさんある。でもそこには遺骨が埋まり、ご先祖様が祀られている。なのに子孫がどこに住んでいるかも分からない。扱いがすごく難しく、勝手に触れない。結局先送りになってしまうんですわ」

墓域の境界もなければ、区画整理もされていない。狭いすき間を歩くたびにお墓を蹴ってしまうような乱立ぶり。「墓石があっちこっちを向いて置かれている。死人が出るたびに思い思いの場所に埋葬して墓標を置いたのでしょう」と、墓地管理委員長を務める赤松輝雄さんも語ります。

また、「先祖組」の慣習も住民たちを悩ませるのだとか。先祖組とは墓地の中の近隣5件から10件がひとつの組を組んで維持管理する、いわば「墓地の中の隣保」のようなものです。

毎年夏に行われる一斉清掃への参加もまばらになってきた反面、墓じまいをしてお墓がもうすでにない家でも近所付き合いの延長で参加しているところもある。先祖組が機能しないと墓地が荒れる一方、その活動を負担に思う人も多く、このジレンマを誰もが無言のうちに感じていました。

「ご先祖様を大切に思うからこそ、必死にお墓を守ろうとする人もいます」と話すのは中田喜高さん。古い墓地ゆえ、一家にひとつのお墓ではなく、個人単位、夫婦単位で墓石が置かれ、5も10もお墓を持つ家もあるのだとか。負担は大きく、お花の費用だけでも高額な出費になります。「それでも律儀な人はその一つずつにお参りするんですわ。ご先祖様への想いを損ねるわけにもいかない」と話す中田さんの言葉から、共同墓地が抱えるジレンマがにじみ出ます。

昔ながらの姿をとどめる共同墓地。お参りの負担と、ご先祖様への愛慕。この両方のバランスを取りながら、墓地整備事業を進めなければならず、その道のりは困難を極めました。

時代の変化とともに動き出す新在家墓地

無縁墓に頭を悩ますのは新在家墓地だけではありません。核家族化と高齢化が進む日本全体で見られる問題です。

墓地問題に詳しいシニア生活文化研究所所長の小谷みどりさんによると、1990年の香川県高松市では、すでに公営霊園2万4,500基のうち約7,500基と、全体の3割強が無縁化し、熊本県人吉市では、2013年の調査では1万5123基のうちの6,474基、全体の約4割が無縁化しているとのことです。

2000年代に入るとお墓の問題が社会全体に顕在化します。厚生労働省「衛生行政報告例」によると、遺骨の引っ越し、いわゆる「改葬」の件数は2000年では66,643件でしたが、2019年では124,346件と、20年間で約2倍近くにも増えました。

兵庫県内でも、平成28年に加古川市が、29年に明石市が、30年に神戸市が続々と公営霊園内に合葬墓を開設。一家でひとつのお墓を維持すること自体が困難な時代が到来したのです。

こうした中、新在家の自治会の中にも墓地整備のための管理委員会が組織されます。その動きは平成29年ころから始まり、平成30年の12月に正式に発足。町内には、財産区、町内会、農会水利組合の3団体があり、これらを母体として10人の管理委員で構成されました。

「まずは町内で『墓地を何とかせなあかん』というムードを作ること、機運を高めることがなによりも大切だった」と、中田正則さん。住民間でのコンセンサス作りは事業を進める上で最も注力し、気を使ったと話します。

住民ひとりひとりと話していく中で分かったことは、反対者が一人もいなかったということ。だれもが墓地の抱える問題をなんとかしなくてはと考えていたのです。

「でもね、やっていくうちに分かるんですわ。あっ、これは僕らだけじゃ無理やなと」

そこで出会ったのが、地域に密着して墓石の販売や墓地の開発などを手掛ける素心。自治会は自分たちが何に困り、何を望んでいるかを相談し、専門的な観点からさまざまなアドバイスを受けました。

「技術面でも、ノウハウ面でも、お墓や墓地の専門家の助けがどうしても必要でした。そして素心さんは、私たちの想いに寄り添って、泥臭く助けてくれました」と中田正則さん。

何度も会合や実地調査を重ねながら、平成31年3月、新在家墓地管理委員会と素心が墓地整備の業務委託契約を結んだのです。


会合の回数は延べ20回にも及び、これからも墓地管理を巡って続いていく。

専門業者のサポートを得た新在家自治会。だからと言ってすべてがスムーズに進んだわけではありません。整備事業を進めることでさまざまな問題が浮かび上がりました。

これまで誰もが気づいていなかった登記簿の問題、さらには、660基ある墓石の祀り手をひとつひとつ探していくという途方に暮れる作業。

次から次へと立ちはだかる難関をどのように乗り越えて、墓地整備事業を成しえていったのか。次回は、改葬を無事に終えるまでの道のりをお伝えします。

 

後編は、明日5月27日に公開いたします。


参考文献

小谷みどり「墓地行政について」日本都市センター(2017)


構成・撮影・文 玉川将人