こころね

地獄をすみかとする覚悟ー600km離れた田舎寺からの震災支援(後編)

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東日本大震災から明日で10年
福島から600km離れた
兵庫県市川町の光円寺では
いまも原発事故の被災者支援を続けています

教育事業や障害者支援も手がける後藤由美子さん
何が彼女をそこまで突き動かすのでしょうか?

生きづらさを感じていたという学生時代
仏教との出会い
底辺に生きる人たちの矜持と尊厳
そして、この世界が地獄であるということの覚悟

後藤さんの語る言葉は
震災や原発の問題にとどまらない
わたしたちひとりひとりの生き方に迫る
根源的な問いそのものでした

前編がまだの方はコチラをごらんください。

地獄は一定いちじょう すみかぞかし

ー 後藤さんは名古屋のサラリーマン家庭に生まれ育ったとのことですよね。

そうです。一男一女の四人家族。父が転勤族で、当時どこにでもあるような団地一家でした。日本中に公団住宅が建ち並び、地方から都市に人が流れていった時代です。

ー まさに経済復興から高度成長期へ。

生きづらかったですね。

ー 生きづらかった? どういうあたりが?

両親は戦争を経験した世代で、モノのない時代を生きてきました。ですからモノを持つことを幸福の指標にしていました。わたしはそんな親たちを一歩引いて見てきた世代です。モノが満たされるだけでは何かが足りない気がしました。

ー はい。

親世代とうまくいってないわけでないけれど、価値観が違うから悩みが共有できないんです。世の中は経済成長の勢いを増している頃ですから、とにかく上昇志向がすごい。学校でも、会社でも、競争競争。たとえ勝っても競争が終わらない。

ー 偏差値教育が広まったころですよね。

あらゆるものが数値に置き換えられる。そりゃ、苦しいですよね。何が大切なのかもわからないし、生きる上での価値観の軸みたいなのを持てずにいた。そんなことを教えてくれるところはどこにもなかったですから。

ー はい。

そして、図書館に行って、生きやすさを探すためにいろんな本を読む中で、出会ったのです。

ー 出会った。何とですか?

歎異抄たんにしょう(※1)』です。

ー お寺ではなく、図書館で出会ったんですね!

はい。変わってるでしょ。

ー 変わってるとは…まあ、思いますね(笑) 何歳くらいの時でしたか?

20代前半でしたね。これまでなんとなく言われるがまま生きてきて、さあこれからどうやって生きていけばいいかという時に、『歎異抄』と出会いました。

ー どこに魅かれたのですか?

言葉そのものです。親鸞聖人の言葉そのものがものすごく当時の自分に迫ってきました。

ー そこをもう少し具体的に。

特に「地獄は一定いちじょう すみかぞかし」という言葉ですね。

ー 地獄は一定。すみかぞかし?

「地獄が私の住む場所です」という意味です。

ー おお。

競争社会というのは、底辺からてっぺんまでがあって、苦しみは尽きることがない。仏教の六道輪廻ろくどうりんねは、生前の行いによって地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天の6つのいずれかの世界に生まれ変わるという考え方ですが、実は現代の競争社会にもこれがあてはまります。

ー なるほど!

てっぺんにいた人が奈落の底に落ちることもある。天から地獄に落ちたときは最も苦しみが大きいと教えられます。地獄も、人も、天も、苦しみの世界に変わりありません。

取材中、思わずノートに書きこんだ六道輪廻と競争社会の図

みんな地獄に落ちるのがこわい。だから上を目指す。そして上の者は下を蹴落とす。戦後の日本は世の中全体が上に行けと煽っていた。若いときはそれがすごく息苦しかったですね。

ー なるほど。

親鸞聖人の言葉には覚悟が感じられました。私にとっては「ここに立つ。ここで生きる。ここにいればいい」というメッセージであり、その深い言葉が落ち着きを与えてくれました。

ー それで一気に親鸞ファンに?

なりましたね。当時わたしは宝塚に住んでいたのですが、市川町の光明寺さんで行われていた親鸞塾の評判を聞きつけて、通うようになりました。

ー 宝塚から市川まで?

はい。

ー それはすごいですね!

変わってるでしょ。

ー 変わってますわー(笑)

そして同じ時期にもうひとり、ある障害者の方との出会いが、地獄に生きることの意味を深く考えさせてくれました。

 

地獄に浄土の灯りを照らす生き方

ー その出会いと言いますと?

はい。沢田隆司さんという方です。障害者というと、いまの競争社会の中では底辺、地獄に生きるようなものですよね。

ー うーん。

沢田さんは、日本脳炎を患った7歳の時から息を引き取る67歳まで、重度の脳性麻痺であり続けながら、障害者解放運動の中心にいて、ずっとひとり暮らしをされていました。バリアフリーなんて言葉がない時代です。

ー 重度の脳性麻痺でひとり暮らし?

そうです。トイレにも行けない、ごはんも食べられない、電話もできない、助けを求めることもできない。それでもとにかく一人暮らしをするんだというその覚悟は、すさまじいものがありました。明るく、笑顔がすてきで、やりたいことをどんどんやる。その上、組織の会長までしてましたからね。

ー でも、実際にどうやってひとりで生活するんでしょうか?

文字盤で意志を伝えるんです。口からは「ホー」としか言えない。そして、たくさんの人を自分の暮らしの中に入れて介護をしてもらう。不思議とね、人が集まるんです。

ー ほう。

競争社会の一番底辺にいるような人が、競争社会を全否定する独立した存在として自分の人生を生き切っている。この生き方の深さと厳しさ、そして懐の広さに、まわりにいる多くの人が影響を受けました。沢田さんが亡くなった時には、彼をサポートしていた人たちみんなで遺骨を分け合ったほどですから。

ー まるでお釈迦様じゃないですか!(※2)

あはは。本当にそうですね。地獄の底辺で這いつくばっても自分の尊厳を大切にして、自身を明るく照らしている。そして周りの人たちにも光を与えている、そんな人でしたね。

ー 自ら地獄を浄土にされているみたいですね。

本当にそうなんだと思います。競争社会の息苦しさから解放してくれた『歎異抄』。そしてその教えを地で行くような生き方をしている沢田さんとの出会いが、いまのわたしを作ってくれています。

その後、住職の後藤明照さん(右)と出会い、結婚。光円寺に嫁ぎ、僧侶としての道を歩みます。由美子さんの取り組みをサポートし、時にはともに活動する後藤住職は「お寺は誰のものでもないみんなのもの。困っている人のためにいつも門戸を開いています」と語ります。

無力でも、救いの入り口に立てるかもしれない

ー 単刀直入に伺いますが、いまもなお震災復興や原発問題で苦しんでいる人もいる。そんな状況でも「地獄は一定 すみかぞかし」と言い切ることはできるのでしょうか?

うーん。それは、その状況によりますよね。

ー はい。

うーん…

ー そんなに、生易しくないですよね…。

この言葉は、そもそも自分への自覚の言葉であって、誰かに向けたものじゃないと思います。事実、親鸞聖人も自らの自覚のためにこのような言葉を話された、それを私なりに受け止めたにすぎません。

ー なるほど、自らの自覚のため、なんですね。

はい。「地獄は一定 すみかぞかし」とは、社会的な差別や暴力に苦しんでいる人に向けて、苦しみの原因をきちんと見る力を持つための言葉です。もしも教えで人を押さえつけるのだとしたら、それは大きな間違いです。

ー はい。

放射能にさらされている人たちの苦しみは、わたしにはきっと分かりません。わたしは無力ですよ。一緒に嘆いたとしても、わたしの嘆きの深さと、福島で実際に被災した人の嘆きの深さは全く違います。そんな人たちに向けて、わたしの思う「地獄」をあてはめることなんてできません。

ー ええ。

でも、だからといって、それを知ろうとせずに、見ないようにするというのも違う。その上にまた新たな地獄を生み出すことになるからです。

ー 新たな地獄。

無視する側も、苦しくて無視するわけです。知らないことにしておくことで苦しみが永続してしまう。

ー はい。

人間には尊厳があります。苦しみながら一生懸命生きている姿を尊敬しあうことで、相手の苦しみ、そして自分自身の苦しみが和らぐものじゃないでしょうか。「あなたの苦しみを見て、怒りや理不尽を知りました」「あなたの苦しみに共感します」こうした想いを伝えることが、どれだけ相手に浄土の光を照らすことになるでしょうか。

ー 浄土の光。

知るだけ、寄り添うだけでは無力かもしれません。でも、それだけでも救いになるかもしれないし、救いの入口に立てるのかもしれません。

 

苦しみはいつでもどこにでもある だからこそ腹をくくる

ー いま話されたことって、震災とか、原発とかの問題に限ったことではなく、実は自分たちの身の回りにも転がっていることですよね。

だと思いますよ。

― ふだんの人間関係の中でも、向き合うべきだけど逃げる、避けるって、たくさんある。もしかしたらそうした態度でだれかを傷つけているかもしれない。

はい。誰だって苦しいことからは逃げたいですからね。逃げられる時は逃げればよいと思いますが、やがて逃げられなくなる時がある。その時は現実に向き合うしかない。まるで、大きな原発事故を起こしてしまったいまのこの国の状態のようですね。

ー まもなく震災から10年です。いまは新型コロナウイルスで世の中が揺れています。でも、社会不安や苦しみは、いつの時代、どの場所でも、わたしたちにつきまといます。

はい。身の回りの生活や、人間関係の中でも。

ー だからこそ、『歎異抄』のような生き方が大事なのかもしれませんね。

「浄土をまことむねとする」。浄土真宗では、浄土を本当のよりどころとすることを大切にしています。この地獄を明るく照らして浄土にする。そんな浄土に立つことで、競争社会に捉われることなく、今この場所で生きていくという覚悟が据わり、腹をくくることができるのではないでしょうか。いまを、ここを、大切にしていきたいですね。

お孫さんを見るときの後藤さんの表情はいつもやさしい。

 

遠い地の惨状に対して、
「いま」「ここで」できることに
真摯に向き合い続ける後藤さんの言葉は、
「東日本大震災は、自分ごとか、他人ごとか」
そんな小さな二元論よりもはるかに深い場所まで
わたしを届けてくれました。

東日本大震災から明日で10年。
失われてしまったたくさんの命のご冥福を
この場を借りて、お祈りいたします。

そして、問います。
この世界を必死に生きているすべての人に、
浄土の光が降りそそぐために、
いま、ここで、
自分には、そしてあなたには、
何ができるのでしょうか?

 

 


※1 『歎異抄(たんにしょう)』は、浄土真宗の宗祖である親鸞聖人の言葉をまとめた書物で、弟子の唯円が著したもの。浄土真宗の書物の中では最もポピュラーで、現代においても高く評価されています。

※2 お釈迦様の遺骨は、周辺8か国の王たちによって分骨され、さらに細かく分けられて世界中に奉納されています。

※前編で取り上げた、福島県から兵庫県に母娘で避難移住した渥美藍さんと大関美紀さんが出版された『ありのままの自分で』は、せせらぎ出版より販売中。お買い求めはコチラから。Amazonからのご購入はコチラから。


構成・文・撮影 玉川将人